さすれば一泊

白川津 中々

◾️

男とはかくも愚かな生き物である。


繁忙期を終え、遅めの盆休みを取ったものの何をしようかと思案。凡百ではあるが、温泉旅館にて慰安の業を執り行うべく手頃な宿を手配しようとしたのだが、とあるキャッチコピーに視線が奪われた。


お一人様可。ピンクコンパニオンコース。


明らかにふしだらなサービスである。一目見てつい苦笑してしまったが、どうにも心が疼き落ち着かない。いったいどのような接待が待ち受けているのか、興味以上の興奮が腹の中で動き出す。刹那の蛮勇。湧き上がる情動に身を任せコースを予約。その時点でやりきったような、あるいは後悔のような気持ちが沸々とせめぎあうも、日程が近づくにつれ常にそわりとして、無理な仕事も「もう少しでピンクコンパニオンだから」という心経を唱え辛抱し、とうとう当日を迎えた。電車からバスに乗り継ぎ旅館に到着。部屋に案内され、中居にチップをやって一呼吸。夕食までぶらぶらし、風呂にも入り、いざその時。案内された食事用の広間に入ると卓には刺身に鍋に天麩羅とザ・旅館といった献立が用意されていたが、それよりも目についたのは奥に敷かれた布団である。あまりに不自然、あまりに露骨。いやいや、さすがにそういう用途ではないだろうと自分に言い聞かせるも、やはりそういう目的意外での利用は考えられなかった。トクンと胸が鳴ると同時に、「失礼いたしまぁす」との声。開かれた襖の外、三つ指で頭を垂れる女性は見るからに、見るからだった。


「本日お酌させていただきますハルカで〜す。よろしくお願いしまぁす」


ハルカと名乗る女性は中年だったが幼子のように甲高く甘えた声であった。そのギャップと妙な色気に呑まれてしまって、「あ……っす……」とよく分からない返事を投げる。


「それじゃあ、お隣、よれろしいですかぁ?」


再び「あ……っす……」と言うとハルカさんは隣に座り、ビールを注いでくれた。それからは俺も慣れてまともに喋れるようになっから一緒に話をして楽しんだり、なんなら金を払って酒を飲んでもらった。そこまではまったく健全。いや、15禁くらいのレーディングだったかもしれないがその程度である。しかし、酔いも強かになってくると異様な香気に包まれる。これは元よりハルカさんから漂っていた麝香であったが、ここにきて急に鼻腔を擽ってきたのだ。心音の高鳴りと共に、俺は酒を流し込んで理性を消し飛ばした。僅かに残った良心が自ら消滅を求めたのである。


どうにでもなれ……!


不退転の覚悟を決めると、そこからの記憶は曖昧。目覚めたのは朝。いつの間にか、部屋に戻って眠っていたようだ。

途切れ途切れ。ただ、朧げながらも僅かにある昨夜の余韻。広間に敷かれた、あの布団の赤熱を、確かに覚えている。


「……」


くらりとした頭をもたげて起き上がり水を飲むと、ほのかに感じられる麝香。それはハルカさんの幻影であり、誘いであった。


「……もう一泊くらいしてもいいかな」


酒は抜けているはずなのに、俺はすっかり、酔っ払っていた。クレカの残高はまだ、いける。

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