エピローグ
魔王の仕事は想像以上に忙しかった。まず、人間や他の種族と敵対関係を解消するため、魔族の中でも特に知能が高いものたちを使者として各街に送り込むこととなった。最初は魔物たちが人間たちを騙そうとしているのではないかと勘ぐられたが、熱心に交渉を進めることで、徐々に理解を得ることが出来ていった。
魔族が様々な能力を持っていることは、ある意味交渉を有利に進めた。特にゴーレムやトロルのような巨体で力持ちな種類は、街の建物の建設や土木工事などで大きな力を発揮したし、魔法を得意とする種類も、様々な面で人間たちの生活をサポートした。
魔族の中にはまだ人間たちに馴染めないものも多くいたが、それも徐々に解消されていくことだろう。
「魔王様!魔王様!」
側近のヴィエズダが玉座の間にやってきた。可愛い女の子のような見た目をした魔物だが、下半身はヘビのようになっている。
側近に任命したのはユリだった。見た目が可愛いらしいだけでなく、頭も良く、人間たちにも友好的で理解があり、頼りになる相棒のような存在になっていた。
ヴィエズダは玉座に座る魔王の目の前までやってくると、巻物のようなものを差し出す。
「魔王様が探しておられました秘術の資料、ついに見つけました!」
「本当!?」
思わず玉座から立ち上がるユリ。
魔法の能力の高さから新たな魔王になったユリだったが、魔王だけが使えるという秘術については以前の魔王から何も聞いていなかったため、ヴィエズダに調べさせていた。
ユリの予想が正しければ、魔王しか使えないと言われる秘術は、復活の秘術…以前の魔王がザトルーチを蘇らせようとした時に使った魔法だ。
古びた巻物を受け取るユリ。そこには確かにいろいろとそれらしきことが書かれているが、ユリはこちらの世界の文字を読むのがまだあまり得意ではなかった。
「…ヴィエズダ、代わりに読んでくれない?」
巻物を返されると、賢いヴィエズダは大事な部分を要約して読み始める。
「魔王にだけ許される秘術、復活の秘術とのことです」
やはり、ユリの思った通りだった。
「どうやったら手に入るの?」
「少々お待ちを…むむ、地下の大長老様から授かるようですね」
大長老…自分が魔王になってから知ったのだが、魔王城の地下に長いこと住み着いていると言う謎の魔物だ。常に闇の中に身を隠し、その本当の姿を見たものは誰もいないと言われている。
しかし、大長老の強大な魔力が魔王城全体を支えているとかなんとか。
ユリはまだ大長老に会ったことがない。魔王に就任後、挨拶に行く予定だったのだが、なんとも気が乗らなかったのだ。
しかし今は仕方がない。復活の秘術が、どうしても必要なのだ。
「わかった…行ってくるよ」
ユリは玉座の間を後にし、地下への階段を降りていった。
大長老がいると言う地下に降りて行くと、そこはもう使われていない地下牢だった。過去には捕らえた人間や、裏切ろうとした魔物を幽閉していたのか、牢屋の中にはいくつもの骨が転がっていた。
魔王になったとは言え、ユリは怖いものや残酷なことが相変わらず苦手だった。
後でこの辺も誰かに掃除させよう…。
そう思った時、一番奥の牢屋から並々ならぬ気配がした。
「おお、新しい魔王殿か。よくぞ来なすった」
「大長老様、挨拶が遅れてしまい、申し訳ございませんでした。色々と多忙だったもので…」
大長老という名に相応しい、しわがれた声に対し、ユリはぺこりと頭を下げる。しかしその姿は噂通り闇に覆われており、どれほどの大きさなのか、どのような姿をしているのか、窺い知ることは出来ない。
「気になさるな。ここに来たと言うことは復活の秘術のことじゃろう?」
フォフォフォと笑う大長老。
案外怖い人ではないのかもしれない、とユリは思った。
「もちろん、そなたはこれを習得する資格がある。じゃがな、それには代償が必要なのじゃ」
「代償、ですか?」
大長老は少し申し訳なさそうな口調で続ける。
「うむ、そなたにとってとても大切なものじゃ。それをわしに渡せば、復活の秘術を教えよう」
大事なもの…ユリの頭には一瞬赤いバイクが浮かんだが、こちらの世界にはない。そもそも、こちらの世界にユリの所有しているものなど、ほとんどなかった。
何かないだろうか…と考えていると、右手につけたブラスクの指輪が目に入った。
「…これなんてどうでしょうか?ドワーフからもらったものなのですが」
ユリは惜しい気がしながらも、キラキラと光る銀色の指輪を外し、大長老の方に差し出す。
「ふむ」
闇の中から長くて真っ黒な腕が伸びて来ると、その指輪を手に取った。
「古き獣が封じられた魔法の指輪か…面白い。いいじゃろう!そなたにも、ドワーフどもにも、行き過ぎたおもちゃじゃわい」
なぜかその指輪の正体がすぐにわかったようだった。真っ黒な手は指輪をしっかりと掴むと、闇の中へと消えていく。
「それでは秘術を授けよう。一度しか使えんから、いつ誰に使うか、よく考えることじゃな」
ユリにとって、よく考える必要などなかった。蘇らせたい人はもうずっと前から決まっていたのだから。
ユリは復活の秘術を教わると大長老に礼を言い、地下牢から出ようとした。
しかし、ふとあることが気になり、大長老の方を振り返る。
「大長老様。一つ前の魔王は、代償としてあなたに何を差し出したのですか?」
大長老は先ほど渡された指輪を真っ黒な手で弄びつつ、様々な角度から観察していた。
そして答える。
「ああ、自分の両親との思い出じゃよ」
「思い出?」
そんなものでも代償になるのか、とユリは驚いた。
「うむ、前の魔王は本当に何も物を持っていなくてな。だったらと、記憶の一部をいただいたのじゃ。あやつはそんなものもう不要だと言っておったが、人の思い出を覗き見るのはなかなかに楽しいぞい」
ユリは気味悪がって、足早にその場を立ち去った。
随分と久しぶりに白い丘を訪れた。
何度見ても、ユリの花畑は綺麗だった。風が吹くたび、一面のユリの花が一斉に踊り出す。
ここで、リリアと一緒に踊ったり、一緒に空を見上げたりしたことを思い出す。素敵な思い出の場所だ。
しかし、そこはユリにとって、別れの場所でもあった。一番大切な人を自らの腕の中で亡くした、悲しみの場所でもあった。
だがそれも今日までだ。
ユリは愛する人の眠る場所に向かって歩き出す。
リリアと書かれた墓標。その前に跪くユリ。
絶対に成功させてみせる!
ユリは自らの体の中を流れる魔力に集中し、大長老から教わった秘術をはっきりとした声で唱えた。
「イェステシュ・モイム・スカルベム!」
しばらくは何も起こらなかった。風の音だけが花畑を駆け抜けて行く。
成功したはずだ。何も間違っていないはずだ。
しかしそれでも、たった一度のチャンス。何かしくじったのではないかと途端に不安に駆られる。
その時、目の前の地面がモゾモゾと動き始めた。
次の瞬間、土の中から一本の腕が生えてきた。それが二本となり、続いて顔と体が地面の中から出てくる。
「まったく、土が口に入ってしまった」
懐かしい声を聞き、ユリの目には涙が溢れ出す。
ずっと聞きたかった声。ずっと忘れられなかった声。
魂も別人と入れ替わったりはしていないようだった。
「魔王様!」
リリアは自分の服についた土を払い終わると、腰に片手を当て、ユリの方をまっすぐに見た。
「その技をしっかりと成功させるとは、なかなかだ…魔王になったのだな」
ユリの涙が止まらない。リリアはそのままユリに近づくと、ユリの両肩をがっしりと両手で掴んだ。
「お前には助けられてばかりだ、ユリ。いや、今は魔王様と呼んだ方がいいのか?」
泣いていたユリが、突然吹き出した。
「リリアこそ、私にとってはいつまでも魔王様だよ!」
ユリはリリアに抱きついた。一瞬戸惑ったリリアだったが、少しすると、両腕をユリの背中に回した。
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
二人はユリの花畑の中で並んで座っていた。綺麗な景色と青い空を、一緒に見ていた。
「魔王様」
「ん?」
「大長老から聞いたんです。ザトルーチを復活させるため、両親との思い出を捨てたって」
「ああ」
そんなことか、とでも言いたげに、リリアは遠くを見ている。
そして、ゆっくりと話し出した。
「お前に会う前の私は、なんでもあいつの言う通りにしていた。世界のことなんて何にも知らないのに、世界征服だなんて…今思えば、全部言いなりだったんだ。いや、自分で考え、行動することを恐れていたのかもしれない」
リリアは少し寂しそうな顔をする。
「だからあいつが死んだ時、私は何としてでも蘇らせなくてはいけないと思った。たとえ、大切だった両親との思い出を失ってでも。そうでなければ、何をすべきかわからず、怖かったんだ。まさかそれが失敗して、別人が蘇るとは思わなかったがな」
ユリの方を見つめる。
「皮肉なことだ。そんなお前にこの世界を見せられ、世界征服する気もなくなってしまったんだからな」
「や、やっぱり恨んでます?」
リリアはユリの頭をコツンと叩いた。
「そんなわけあるか」
ユリはリリアの肩に頭を乗せた。二人はしばらくの間、目の前に広がる景色を眺めていた。
「大切な思い出、これからもたくさん一緒に作りましょうね」
リリアは黙って頷いた。
日が傾き始め、空は夕焼けに染まってきていた。
「これからどうするんだ?」
リリアの声に応えるように、ユリは持っていた鞄の中からビブリオで手に入れたあの地図と観光ガイドブックを取り出す。
「私たちの旅はね、まだまだこれからでしょ?」
「魔王としての仕事はいいのか?」
「魔王は旅するものだ、って言ったら、なんかみんな納得してました」
リリアは肩をすくめる。
「…まずは酒場で作戦会議、だったな」
やったー、とユリは喜びを体全体で表現する。
その時、夜のエルフの集落、ラスノーチがある方角から、二人の影が手を振りながらこっちにやってくるのが見えた。一人は小さく、もう一人は背が高くてすらっとしている。
ヘレナとクフィアットだった。
「あいつらも一緒に来るのか」
リリアはちょっと残念そうにそう言う。
「あら、二人だけの方が良かったですか?」
ユリはニヤニヤしながらリリアの顔を覗き込んだ。
こうして、魔王たちの旅は一旦終わりを迎え、次の旅へと続いて行く。
生きている限り、旅は続く。たとえそれが平坦な道でなかったとしても、それを乗り越えた先に絶景があると信じて。
終わり
転生したら魔王の側近だったので世界征服はやめさせて一緒に旅に出ます 小川ジュン市 @ogawajunichi
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