Scene3
「ぜぇ・・・・ぜぇ・・・・」
「大丈夫ですか?無理そうなら私なら―――」
「いや、大丈夫。現場に行く前に鼻緒が切れたら問題だからね」
安住の今回の衣装は青の着物。ピンクの朝顔が胸元と腰、それに足元大きく書かれていて、安住が髪を三つ編み一つ結びにしているせいか、いつもよりも綺麗に見える。いや、さっきまでの私服もいいのだが。はぁ、思春期。
「・・・・・・・・・」
「立ち止まってどうしましたか?流石に、重かったですか」
「・・・なんでもないよ。安住はまだ、軽い方だから」
「ちょっとお二人さん、そういうのは後にしてくれないかな~?」
安住の着替えが終わり、ホテルから現場までがおおよそ2km近くあった。ほぼ平坦な道で助かったものの、その次が問題だった。
「ほら~保立君~。早くしないと夜になって帰りが遅くなりますよ~?」
「なら、代わって、くださいよ。ぜぇぜぇ・・・」
「やっぱり無理してますよね」
今現在、僕は安住を背負って階段を上っている。しかも神社によくある石階段だ。目測で百段そこそこあったけど、実際に上がってみるとなかなかに辛い。勾配も春の坂ほどではないけれど階段を上がるのと坂を駆け上がるのとでは勢いも感覚も違う。とりわけゆっくりと上がる階段の方が足から股関節に掛けての負担が大きい。バイト生活で以前よりは体力が付いたかと思っていたが、動かす筋肉の範囲が拡大するだけでどうしてここまで疲れるのだろうか。
「それは無理かな~。だって僕はこれでも喫煙者で体力には自信が無いんだ~」
その割にはひょいひょいと階段を上がるのが見えている。手荷物も一眼レフだけなのでほぼ手ぶらに近い。というか喫煙者とは言うけれどショパンさんがタバコを吸っているところを僕は一度も見ていない。普通、車内の移動中とかで一回吸うために
「保立君、別に無理をしているわけではないと思いますが、たまに休憩を入れるのは大事なことですよ」
「は、はは・・・・そうするよ」
「あの代表は放っておいても大丈夫です。無駄に頑丈なことと頭が回る程度しか取り得がありませんから」
「ひどいな~ありさちゃん!アタシだってそれなりに色々出来るんですよ!電検三種も持ってますし~!」
へぇ、意外だ。あれって結構難易度が高くて、持っているだけでも給料に大きく影響してくる。けど職種が電気系以外の仕事には効果が無いから専門職の資格というイメージが強い。
「じゃあ今度の秋の点検の際に業者を呼ぶ必要ありませんね?確か三種なら一般家庭の点検作業も出来ましたから」
「・・・アタシの手先が不器用なのは知ってますよね~?」
「あれ?でも電検の試験は実技込みだから下手だと一発で落とされるはず」
「・・・・・・・・・・」
後ろの安住がショパンさんを睨んでいるのが分かる。近くで日暮の鳴き声が聞こえる、とりあえず話を戻そう。咳ばらいを一つして、話題を変えることにする。
「流石に穴を掘る時間は惜しいんで、さっさと行きましょ」
「そうですね。あの身長を埋めるとなると明日の朝日が昇ってしまいそうです」
「んん~、みんな辛辣だな~。これは僕がパワハラで訴えても勝てそうだな~」
何か後ろで言っているショパンさんを無視して、僕は安住を背負って階段を上がる。背中からクスリと笑う声が聞こえたのは気のせいということにしておこう。
「やっと着いた・・・」
階段を上がり終えると二つの階段があった。片方には石の階段の上に瓦屋根の建物が見える。多分手洗い場なのであちらが境内だろう。もう一方が木の階段があってその奥に忠魂と書かれた石碑があるのが見えた。
「目的地はこっちですね」
安住が指したのは神社の方ではなく、何かがあるほうだった。
「あれ、神社じゃないの?」
「依頼主さんがね~、そっちで見たものが御望みなんだよ~」
見たもの?こんな山で見れるものなんか・・・
「あっ、なるほど。花火か」
ご明察、ショパンさんは両手を合わせる。ははぁ、なんとなくことの仔細が見えてきた。
「つまり今回の依頼は、歩けなくて来れない依頼主さんの代わりにあそこから見える花火を見てくれ、っていう内容なんですか」
「大まかな内容はそうだね~。ま、聞いた内容の通りに行ってくれたら楽なんだけど~」
「・・・それはどういう―――」
聞こうとする前に安住に袖を引っ張られた。
「あまりここで話してる時間が無いです。早く始めましょう」
「・・・分かった」
なんだろうか、逆立ちしながら花火でも見るというのか。いやそんなことをするならこんないい眺めになるところで見るはずもないか。
「とりあえず、はい、これ」
僕はそこで考えるのをやめて、ショパンさんが持ってきた鞄からA4本を受け取る。表紙の厚紙には何も書かれていなかったが、表紙を捲ると「8月用仕事脚本」と書かれていた。
「え、台本!?」
前回の時はそんなもの無かったから思わずドキッとした。
「あれ~?もしかして、春の依頼の時って
「はい、もちろんです」
ショパンさんに聞かれて、安住が当然と言いたげに頷いた。それを聞いてショパンさんはマジかと小さく呟いていた。
「えーっと、普通ならどういった感じにやるんです?」
「うーん、なるほど。聞いてくるってことは本当みたいだね~・・・」
僕がそう聞くとショパンさんは呆れたように説明を始めた。
代歩人の仕事は確かに歩くことなのだが、依頼主の記憶と絶対に齟齬が生じることがある。当たり前だが、代歩人は血縁でも無ければ親しい友人ではない。そのため必要になるのが台本なのである。
台本があれば代歩人が依頼主が望んでいない光景を行う心配はない。地形もGoogleマップの写真を使えばおおまかには確認できるし、工事などによって見たい場所が無くなったとしても台本に場所の指示さえあればイメージに近い場所を選定して探し出すことが出来る。ということらしい。
「・・・なるほど。それは大事ですね」
「まあ無くても全然オッケーな人はいるけど、そんなもの好きな人は早々いないからね」
チラリと安住を見る。なんですか?と小さく首を傾げていた。
「毎回こうなんですか?」
安住に聞こえないくらいの小声でショパンさんに聞いてみる。ショパンさんは首を振って同じくらいの小声で答えてくれた。
「ありさちゃん、結構色々言うタイプだからそれはないの~。だから春の即興はアタシからしたら肝が冷えて凍るぐらいすごく怖いことなのよ~」
なんというか、恐ろしいことを聞いた。もしかしたら春の依頼が最悪の形で終わることもあったのだ。でも、とショパンさんは続ける。
「それでも人を見る目は確かなのよね~。だから君を信じて即興をしたと考えれば君の演技に光るものがあるってことかもよ~?」
なるほど、とは思う。でもこれはあからさまな嘘だろう。だって僕は演劇部でも無ければ、劇作家の親から生まれたとかでもない。
「でも、多分それは無いですね」
単純なことだ。安住はあの時、そのままでいいと言ってくれた。僕にとってそれで充分だった。
「お二方、そろそろ急いでくれないですか?こそこそ話なら後でいくらでも出来るでしょう?」
安住に声を掛けられて、僕らはそっちに顔を向けた。
「台本は見ました。保立君は何もしゃべらなくて大丈夫です」
「えっ」
驚いた、僕はまだこの中身を一切見ていないのに。けどもっと驚いたのは僕の隣にいたショパンさんだった。
「えぇ~!?せっかく徹夜して作ってきたのに~!!」
「だからこそです。絶対にセンムさんの許可もらってきてないでしょ?」
チラリと隣を見るとショパンさんが猫のような笑顔を浮かべながら固まっている。どうやら事実みたいだ。
「分かったよ。なら、僕はどうすればいい?」
僕は安住に難しくない質問を投げかける。安住は小さく微笑んで、前と同じ答えを返してくれた。
残響の花火 那降李相 @gasin2800
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