6月31日の冷蔵庫

豆ははこ

見積もり依頼の希望日は。

「6月31日?」

「ああ、そう依頼されてる」

 大学時代からのバイトの延長戦、正社員二年目のリサイクルチェーン店。

 店長からこう言われて、正直、戸惑った。

 顔には出ないほう、とはよく言われる。

 それでも、6月31日とは。

 気になる。

 見積もりに伺うのは7月1日でいいのか、それとも、6月30日にするべきなのか。


「怪しくないんですか」

「ああ。怪しいのはその日付だけでさ。しかも、その二日間なら日程も時間もすべてうちに任せるそうだ。住所なんかの連絡先、冷蔵庫の年代とか外見。必要事項はかなり詳しくメールしてくれてるんだよ。写真も添付されてる。経年は数年で、国内メーカー品。もちろん動作品だろうし。明日、先方に連絡してみてくれ。30日でも1日でも、時間も任せる。お前の確認業務がいちばん丁寧だからさ、頼むな、副店長」

「……はあ」

 残念ながら、この人に仕事を任されたら嬉しいと思えるくらいに信頼している人が上司なんだよな。

 仕方ない。

 どちらにせよ、だいたい一週間後。

 俺は、片方の日程を選び、先方に連絡を入れたのだった。



「ようこそ。暑い中ありがとうございます」

 きちんとした挨拶。

 それに、冷蔵庫。

 たしか、国内メーカーの二年前のもの。家族向けのサイズで、見た目もきれいだ。


「さっそくですが、中を見せて頂いても? あ、アルコールは使わせて頂いても大丈夫でしょうか」

 通常は両手を肘までアルコール除菌してから手袋を付けるのだが、一応確認だ。


「もちろんです。アルコールも平気です。保証書とか、取扱説明書はこちらに」

「助かります、拝見いたします」

 クリアファイルに入れられた保証書など。  

 ありがたい。

 薄目のネイルの爪も、きれいに手入れがされている。ほんとうに、怪しいのは日付だけだ。


 冷蔵庫を開ける。

 両開き、気を付けないと扉が重なるんだよな。

 冷えかげん、よし。中身があまり入っていないのは、水抜きの準備のために減らされているからだろうか。

 うん、扉のゴムや棚板も、きちんとしている。冷凍庫は、中身同士で互いに冷やし合わせるためなのか、わりとぎちぎちだ。


「この冷蔵庫、彼氏が買ってきたんです。会社の優待かなにかで」

 何やら、始まった。

 こういうのは、とりあえず傾聴する。

 もちろん、冷蔵庫ファーストで。


「一緒に選ぼうって言ってたのに、お得意様が値引きしてくださったから、って。私、両開きより片開きがよかったんですよ。あと、マグネットが使えないから、レシピもキッチンペーパーホルダーも貼れないし」

 間違いない。

 これは、何も言わずに聞くにかぎるやつだ。

 とうぜん、必要な単語は、拾う。お客様だから。

 きちんと聞いているふりは得意だ。

 こう見えて、職歴はそれなり。


 大学時代からバイトして、就活始めるから辞めたいですと伝えた。引き止められた。

「え。困る。バイトの連中、お前のこと高卒正社員の副店長だと思ってんだよ。頼りがいがあって指示が丁寧だってな。とにかく、ちょい待ち! 本社から即正社員の内定取るから、な、頼む!」

 正しくは、三年途中から契約社員扱い、卒業と同時に正社員である。

 それにしても、ほんとうに一週間で内々定をもぎ取った店長。何ものなんだろうか。

 出会ってから五年は経つが、まだ掴みかねている。


「結婚するんだからいいじゃん、って。それだと、結婚するときも、そのあとも。私がいろいろ飲み込まないといけないのかなあって」

 俺が考えごとをしていた間に、依頼主の愚痴は、ひととおり終わったらしい。

 次の言葉を待つが、なにも返ってこない。



 間が空いた。

 この間は、俺が問いかけをしていいということだ。たぶん。


「そうなりますと、彼氏さん、一緒にお住まいなんですか」

 たぶん、そうではない。

 玄関は依頼主の靴だけだったし、来客用スリッパも揃えてくれていた。

 もちろん、俺は持参した室内履きを履いたが。


「あっちは、社宅住まいです。届けを出せば外泊もできるから。今日から十日間、出張なんです」

 どうやら、問いかけは正しかったらしい。

 なら。


「6月31日、これ、今日でよろしかったんですか」

「私は、7月1日って言ったんですよ。そしたら、彼氏は、6月30日だろう、って」

 へえ。


「そうしたら、あなたは今日、いらしてくれるって。おかげで、いろいろ吹っ切れました。大家さんは学生時代から借りてくれてたから特別に、って。週末までお家賃日割りにしてくれたんです。だから、引越もできます。彼氏……じゃない、冷蔵庫を買った人が、こっちに戻るまでに。彼の荷物は全部詰めました。引越の次の日指定で、社宅に送ります」


 ああ、連絡した日が昨日なら、この見積もりはなかった、ってわけか。

 先方のご都合により、だ。

 まあ、夜逃げとかでもないし、依頼主は社会人だ。ご丁寧に社員証を身分証明書として出してくれている。

 俺がどうこう言うことではない。


「ありがとうございます、それではこちらになります。いかがでございましょうか。よろしければ、引き取り日の相談を」

「……意外と、と申しますと失礼なのですが」

「はい」

「処分代とかを出さないですめば嬉しい、くらいだったのですが、なにか、棚とか買えそうです」

「必ずこれだけ、というわけではございません。まだ新しいのと、お客様の使い方がご丁寧でいらしたからです。それでは、引き取り日のご相談にうつらせて頂きますね」

 日程のやり取りは、すぐに終わった。

 暗に、在庫とか人気とか状態とかがうまく噛み合ったから、のわりと高値の見積もり。 

 ボーナスシーズンの財布狙いの家電店、型落ち狙いの消費者。

 そんななかで、のこの時期。

 よい中古品を求めるお客様はやっぱりいるのだ。


「はい、ありがとうございます。それではこの日で。こちらは霜取りは必要ございません機種ですから、当日までに水抜きと軽い清掃をお願いできますでしょうか」

「分かりました」


 かつん、ころころ。ボールペンが落ちた。


「あ、すみません、わたしのですね」

 予備のやつだ。


「わたし、って仰るんですね」


「似合わないですよね。ばあちゃん……祖母の教えで。わたし、顔が怖いでしょう。これ、祖父似でして。何もしてないのによその子に泣かれてかわいそうだ、って。丁寧な言葉遣いをしてね、って。俺、とか僕、じゃなくてわたし、って言いなさいって」

 そう。だから、「わたし」。

 でも、どっから見ても、「俺」な外見なのだ。それに、けっこうでかいこの冷蔵庫よりも俺のほうが縦はでかい。

 だからこそ、位置的に依頼主には玄関側に立ってもらうようにしてある。


「素敵ですね。あの」


「はい」

「引っ越し先、そちらのお店の近くなんです。店舗にも、伺ってもよろしいですか」


「次の冷蔵庫は家電店で購入されたほうがよろしいかと」

 うちの店の品も、みないいものだ。だが、せっかく自分で選べるのだから、選択肢が多いところで選んでほしい。

 ばあちゃんの教えを素敵、と言ってくれる人になら、なおさらだ。


「はい。でも、家電以外のもの、ほかのものをいろいろ見たいんです。自分だけで選べるから」

 ああ、そういうことか。

 確かに、本棚なんかはむしろ組立済だからありがたいというお客様もいらっしゃるからな。


「ああ、なるほど」


 くすくすと微笑まれた。

 なんだか分からないが、依頼主の機嫌がいいのは、いいことだ。

 依頼主は冷蔵庫を開けた。

 手には、ペットボトルの麦茶。

「こちら、お持ちください」

「いえ、そういうのは」


「助けると思って。この冷蔵庫に初めてちゃんとありがとう、って思えそうなんです」

「そういうことなら」


 確かに、たまにいる。

 引き取りの日に、きれいに掃除しました、とか、査定金額をお渡ししたらありがとう、って言いながら品物を撫でるお客様とか。


 ああいうとき、この仕事、いいもんだなって思うんだよな。


「ありがとうございます」

 俺は、心を込めて礼を言う。

 お客様と麦茶と、それから冷蔵庫に。

 


「あちい」

 マンションのエントランスを出たら、頂いた麦茶には、すぐに水滴がついた。

 俺も、一緒。

 汗が全身をひとまわり、ぶわりとするみたいだ。



「冷た」

 麦茶を飲んだら、汗は引いた。


 梅雨の晴れ間は、いつまで続くのだろう。

 引越の日は、暑すぎない晴れだといい。


 引き取りの日まで。水抜きを終えて、中を掃除される日まで。

 どうか、あの冷蔵庫が。

 お客様から、愛してもらえますように。


 そう思いながら俺は、麦茶をまた一口。


 グビッと、飲んだ。





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