第6話



 そっと扉を開くと、暖炉の側で野菜を切っていたエドアルトが振り返った。



「あっ、メリク! おかえりなさい!」


 暖炉に置いていた鍋が吹きこぼれる。

「わっ! あちちちち……」

 火に石を入れて火力を落としている。

 メリクは目を瞬かせてから小さく笑った。


「……ただいま」

「どこ行ってたんですか。驚きましたよ。

 楽器置いてあるのにメリク帰って来ないんだもん。

 あっ! あの食事ありがとうございます! すごく美味しかったです」


「うん。ごめん。ちょっと散歩してて」

 エドアルトは笑った。


「散歩で日を跨がないでくださいよ。仕方ないなぁメリクは……」

「昨日は何してたの?」

「結局昼まで寝ちゃってました。それから、宿の人に教会の場所教えてもらって午後は礼拝堂に。最近礼拝のサボリ癖がついちゃってましたから。

 綺麗な教会でしたよ。メリクも後で行きますか?」

「ううん。いいや」

「本当に教会嫌いなんですね。――あっ! バット! おまえー。なんだよーメリクと一緒にいたのか」

「なんか知らないうちに鞄に入ってついて来てた」

 バットがパタパタと飛んでテーブルの上の果物に早速かじりついている。

「逃げたのかと思ってた」

「いい匂いだね。お腹空いてたんだ」

「野菜入れるだけですからもうすぐ出来ますよ。そこに座ってください」

「うん。ありがとう」


 メリクは上着を脱いで椅子に座った。

 靴の紐を緩める。

「メリクその紙に何も書かないまま出て行ったでしょ」

「ああそうだった。忘れてた」

「これ何か書いてあるのかと思って、火で炙ったり水に浮かべたりしちゃったじゃないですか。ややこしいことしないでくださいよ」

 メリクが笑ってる。

「ごめんごめん。書こうとは思ってたんだ。心配したかい?」

 エドアルトは野菜を入れて掻き混ぜながら首を振った。


「いえ。どこに行ったのかなぁとは思いましたけど、

 メリクは絶対戻って来ると思ってたから平気です」


 少年は笑顔を見せた。

 メリクは翡翠の瞳を一瞬見開いてから、目を伏せる。



 ――――引き受けた命は、投げ出してはいけない。



 その時初めてメリクは、今の自分が、この少年によって生かされているのかもしれないと思った。



「出来ましたよメリク」



 メリクの心の内を少年は知らない。


 知らない少年は慈悲のようにすら思える明るい顔で、微笑った。



【終】


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その翡翠き彷徨い【第55話 故郷】 七海ポルカ @reeeeeen13

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