第10話「もう一度、始発駅で」

 春の風が吹いていた。

 けれど、まだ少しだけ肌寒い。そんな午後だった。


 進級したばかりの校舎は、どこか緊張と期待の匂いが混じっていて、僕はその中にぽつんと立っていた。


 窓から吹き込む風がカーテンをふくらませ、教室の床に揺れる影を落とす。


「……あれ? 相原くん?」


 その声に振り返った瞬間、僕の時間が、少しだけ止まった。


 ——長い髪が、光に揺れていた。


 彼女の髪は、相変わらずすこし透けるような黒で、午後の光をやさしくまとっていた。

 そして、チェック柄のスカートは、柔らかそうな生地で、春風をすくうたびに軽く舞い上がった。

 ほんのりピンクのカーディガンと、少し丈の長いスカートの組み合わせが、どこか落ち着いていて、でも少女らしくて。

 その姿が、胸の奥の、懐かしい風景とつながっていった。


「白石……遥さん」


 また同じクラス。でも、たぶん、話したのは1年ぶりだった。


 僕の声に、遥は少し首をかしげて、それからふっと笑った。

 その笑顔も、何も変わっていなかった。だけど、少しだけ、大人っぽくなっていた。


 再会のきっかけは、それだけだった。

 でも僕たちは、自然と話すようになった。


 春休みの話。見た映画の話。

 ピアノ教室のこと。相変わらず下手くそな僕のことを笑ってくれて。

 桜の下でスケッチをしていたことも、彼女は覚えてくれていた。


 気づけば、僕の心臓はまた、静かに、でも確かに動き始めていた。


 でも、僕は、もう前の僕じゃなかった。


 ——すぐに告白して、すぐにふられる。

 それを、何度も繰り返してきた。


 だから、僕は、今回は違う方法を選んだ。


 初めての再会から、数日後の放課後。

 僕は、校舎の裏、あの桜の木の下で、遥にそっと話しかけた。


「……あのさ。前に、ぼく……遥さんに好きって言ったことがあるんだ」


「うん、覚えてるよ。ふふ、可愛かった」


 遥はいたずらっぽく笑った。


 その笑顔が、風に揺れたスカートの裾と一緒に、僕の記憶の中に重なった。


「でも……今のぼくは、そのときよりずっと本気なんだ」


 言葉にすると、やっぱり緊張した。

 けれど、僕は逃げなかった。


「だから、またすぐに“つきあってください”って言ったら、きっとまたふられる気がして……」


 遥は、黙って僕を見ていた。


「最初は、友達からでいい。……一緒に、時間を過ごしたいんだ」


 彼女の目が、ゆっくりと細くなる。

 夕暮れの光が差し込んで、風が彼女の髪とスカートをもう一度ふわりと持ち上げた。


 白いブラウスの裾が風に揺れ、その下のスカートの布が、何かを伝えるように波打った。


「……うん。いいよ。友達から、ね」


 僕は、泣きそうになった。うれしくて。


 その夜。

 僕は模型棚の前に座っていた。


 そして、あの日と同じC62型蒸気機関車を、もう一両、中古で手に入れた。

 はじめての車両と、今手に入れた車両を、先頭に「重連」としてつなげた。


 前をゆく車両の力だけでは越えられない峠がある。

 だから、2台、3台とつながりながら、雪をかき分けて進んでいく。


 ——これが、ぼくの「10両編成」。


 先頭のC62が重連で走る姿を見ながら、僕は思う。

 失恋のひとつひとつが、心に雪を積もらせていった。

 でも、その雪を越えてここまで来た。


「もし、これでうまくいかなくても、重連が三重連になるだけさ」


 そして、1年間。僕は彼女と「友達」として過ごした。


 映画を観た。夏祭りに行った。駅前のカフェで待ち合わせて、遅れてくる彼女を待った。

 その日もスカートは風に揺れていて、髪はほんの少し濡れていて、それがなんだか、とてもいとしかった。


 そして一年後。僕は、三度目の告白をした。


「好きです。……今度は、恋人として」


 遥は、少しだけ沈黙したあと、僕の目を見て、ゆっくりとうなずいた。


「……私も、好きだよ」


 僕の鉄道模型には、いびつな10両編成が並んでいる。

 食堂車、郵便車、客車、展望車、そして先頭には重連のC62。

 まるで、過去の恋の記憶を連ねたような、ぎこちない編成。

 でも、不思議とあたたかい。


 これが、ぼくの「失恋急行」。


 いびつでもいい。僕の旅は、始まったばかりだ。

 白石遥となら、どこまでも行ける気がした。

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恋も模型も脱線ぎみ!これがぼくの失恋急行 秋風とおる @debu-pig

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