仮初の光、解放せし者

 ネメシアは迷い子を導く。リュカオンは導かれるまま天上へと降り立つ。

 神の住まう世界は綺麗で静かであった。フィロクレスの宮殿のように華美な装飾が無ければ人の気配が無い。石造りの建物がぽつりぽつりと聳え立つ、本当にここに神々がいるのだろうか。ネメシアは迷いなく進んで行く。


「……どこに向かっているの?」

「そうねぇ、先ずは太陽の神、ヘリオナスを」


 リュカオンは向かう先をネメシアに尋ねれば彼女は少し考えた素振りを見せ最初に討伐せし神の名を言う。


「何故、ヘリオナスを?」

「聖戦の狼煙を上げるなら最初に落とすは光よ」


 ネメシアは鈴のような声でころころと嗤う。


「光が墜ちれば世界は闇によって神の目が届かなくなる」


 ネメシアは振り返りリュカオンの両の頬をその手で包み込んだ。


「だから、先ず、ヘリオナスを堕とすの」


 リュカオンは唾を飲み込み、黒き短剣を強く握った。


「……ここから先はヘリオナスの領域、神々はまだ人の力を侮っている」


 リュカオンの頬を撫でるその手は温かい。


「彼の懐に直ぐに入って、あとは分かるでしょう?」


 ネメシアの手は頬から離れ、リュカオンが短剣を握るその手の上から包む。リュカオンは黙って頷いた。

 太陽の神、ヘリオナスの領域は熱く、燃えていた。ここまでの道のりで二人は誰にも会わず、すんなりとここまで辿り着いた。火柱がそこらに上り、多くの石窯が存在しており、石畳の路の隙間からどろりとした溶けた岩石が流れている。

 一際大きい石窯の前に、太陽の神、ヘリオナスはそこに、いた。


「ごきげんよう、ヘリオナス」

「お前は、ネメシアか……?」


 ネメシアはヘリオナスと思しき男に話しかけた。その男は筋骨隆々な肉体、白髪の長い髪の先はそれまた長い髭と合わさって表情は見えぬ。


「我らが封印せし悪しき女神が何故ここにいる」

「あら、私だって神々のご機嫌くらいたまには伺いに来てもいいじゃない?」


 ヘリオナスの声は低く轟く。そんな声などものともせずネメシアは嗤う。


「私は、あなた達に封印されていたけれど、あの暗き闇の底から導かれたの。人の子の願いによって」

「破滅を呼ぶお前のような下等な神が何を言うかと思えば、その人の子は何だ?」

「彼は私を導いた人の子よ、あなた達に報いるために用意した私の可愛い人の子」

「はっ、我らに報いるだと? 哀れな、お前も、その人の子も」

「なんとでも言えばいいわ、貴方はこの人の子に心の臓を突かれて息絶えるの」

「世迷いごとを、人の子が我を殺せるとでも?」

「試してみる?」


 ネメシアはリュカオンをヘリオナスの前に突き出した。ヘリオナスは鋭い目つきでリュカオンを見下ろした。短剣を握る手に汗が滲む。復讐に燃えていた炎がしぼみかけた。


「……忘れないで、貴方の生を捻じ曲げた神々の存在を」

「俺を、捻じ曲げた、存在……」


 脳裏にミリアの最期が浮かぶ。ミリアの死を無駄にするものか。リュカオンはヘリオナスに向き直った。


「俺は……俺は、お前を殺す」

「ほう、人の子がよく吠えたものだ」


 ヘリオナスの片方の眉が上がった。そして、リュカオンの前に歩む。


「ならば、相手になろう。お前如き小さき命、何を為せるのか見定めよう」


 ヘリオナスが右の手を振り被りリュカオンの脳天へ向けて勢いよく振り下ろした。それを間一髪、避けリュカオンはその拳の先を見た。轟々と音が鳴り石で造られた地面は大きくひび割れていた。ゆっくりとヘリオナスが立ち上がる。リュカオンは走った。その懐へ。

 ヘリオナスの懐へ走った先、手に握った短剣に感触があった。目の前が赤く、染まる。

 ――熱い。短剣の柄を握る掌が焼けるほど熱い。けれど、それでも手を離せない。

 ミリアの声が、確かにこの刃を押していた。永遠に思われた静寂だった。ぐらりとヘリオナスの巨体が後ろへと倒れた。


「……人の子に何ができるのかと思えば、なるほど、ネメシアの入れ知恵か」


 ヘリオナスの心の臓から黒いひびが入り全身へ広がってゆく。リュカオンの息は荒くその様子を見ていた。


「人の子よ、神を殺せば世界は壊れる……その業はいずれお前の身体を焼き尽くすだろう……」


 黒きひびは大きくなりヘリオナスは塵となって崩れた。


「……これで良いんだよな。ネメシア」

「ええ、上出来よ」


 ネメシアはリュカオンを労うように肩を抱いた。


「見て、世界に太陽が消えた――」


 リュカオンはヘリオナスがいたその場所から目を離し顔を上げると一面は闇に包まれていた。


「これで、誰も、照らされない」


 ネメシアの笑い声が響く。


「これで神の支配から人は救われた……?」

「ええ、でも、まだこれは序章にすぎない」


 ネメシアはリュカオンの手を引く。歩むリュカオンの視界の端に一輪の白い花が光りながら落ちる。あの花はなんという名前だっただろう――。


「この世界にはまだ、泣く誰かがいるようね」


 名を忘れられし花がぽつりぽつりと咲く。光を失った世界を僅かでも照らそうと。

 ネメシアはその花を無慈悲にも踏みにじった。

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ユピラディアの神殺し 轟益子 @ToDoRoky

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