杞人の憂い

烏丸啓

第1話

 最初に、その異変に気がついたのは気象学者と天文学者だった。天空に、どうやっても観測できない領域が発生し始めたのだ。はじめの方は計器の故障だと思われていた。しかし、どの観測所でも、その異常が報告されるにつれて、どうも機械の問題ではないらしい、という意見が大勢を占めるようになっていった。

 しばらくの間、この異常は注目を集めなかった。空が見えないようになったところで、生活にそこまでの支障はなかったのだ。見えない空からは平然と雨が降った。

 けれど、次の異常が現れると、最初の異常もつられて注目を集めるようになった。空から、青色、あるいは黒色の粉が降ってくるようになったのだ。そして、その現象が収まると、今度は空が見えなくなるのだ。実害は特になかった。強いていうなら洗濯物が青く染まるだけだ。粉はこれまで知られている物質のどれとも似ていなかった。何とも反応しないし、何とも似ていない。科学者は頭を抱えた。

 やがて、空からは粉ではなく、塊が降ってくるようになった。人々の関心は「何が降っているのか」から「いつ降ってくるのか」へと移り変わった。何と問い続けるのは科学者だけになった。

 あるとき、我慢強く空からの物質を研究していた一人の科学者が、物質の色が空の色と連動していることに気づいた。昼は青く、夜は黒く、朝と夕には赤くなるのだ。科学者はこの事実を公表した。科学者の間では話題になったが、一般的には話題を集めなかった。誰かが、「空が落ちてくる」と言い出すまでは。

 誰か、というのはよくわかっていない。匿名掲示板の書き込みだからだ。当然特定しようという動きもあったが、全て失敗に終わっている。

 「空が落ちてくる」という主張は瞬く間に全世界へと広がった。科学的根拠もへったくれもないが、無視できない説得力を持っていた。そして、あいかわらず物質が降ってくるせいで、外出もままならなくなった閉塞感と終末論は相性が良かった。信仰に縋るものもいたが、大半はそのままの生活を続けた。

 しばらくして、物質の落下が、ぴたりと止まった日があった。ほっとした人々は久しぶりの外を満喫した。もう見えない空から、燦々と陽の光が降り注いでいた。

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