一定の速度で追いかける点Pにはなれなくて

音愛トオル

一定の速度で追いかける点Pにはなれなくて

 テスト週間で、今日はお昼すぎには放課後になって。

 私と夕依ゆいはいつもの道を二人で歩いていた。


「ねえ~香波かな……現代文どうだった?」

「うん。今回の現代文はそこそこかも。でも私、ちょっと英語がやばくて」

「え~! 分かる……っ! 並び替え問題、ちょっと意地悪だったよね!」

「そうそう」


 駅に向かう生徒たちの流れの中、周りの話し声が遠のいて、二人だけの時間になるこの瞬間が、私は好きだ。夕依ゆいはつい一人で居ることを選んでしまう私をいつも連れ出してくれる。

 夕依ゆいの隣が、私の居場所なんだって素直に思えるんだ。


「はぁ、帰ってからも勉強かぁ」

「明日までの辛抱だよ。終わったら、一緒にデートするんでしょ」

「へへ~、覚えててくれたんだ」

「……まあね」


 スクールバッグがずり落ちそうなくらいげんなりする夕依ゆいだったけど、だって、夕依ゆいから言ったんだよ。「香波かな、デートしよう!」って。

 それがどれだけ嬉しかったか、きっとこの子はちゃんと分かってないんだろうな。


「――ね、香波かな! ちょっとこっち来て」

「えっ、う、うん」


 片腕を抱く私の背中に回った夕依ゆいが、唐突にぐいぐいと脇道に私を押しやった。後ろから聞こえる楽しそうな声と、突然の出来事に、私はただ混乱するしかなくて。

 だ、だって、こ、これって……? えっ、と、夕依ゆい


「よし、着いた!」

「……えっ」


 夕依ゆいはそう言うと私の隣に並び、両手を腰に当てて胸を張った。

 着いた、って言っても……ここ、坂道と階段しかないよ……?


香波かな! そのまま帰ってもつまんないし、あれやろうよ! グリコゲーム!」

「ぐ、グリコゲームって……あの、じゃんけんしてぱ、い、な、っぷ、る、とか言って進むやつ?」

「そうそう! ほら、ちょうど階段あるし」


 ニコニコと私の横顔を覗く夕依ゆい

 確かに階段はうってつけの場所だけど、高校生にもなってこういう遊びをやるのは少し抵抗があるような気もして。

 ――でも、夕依ゆいと一緒なら、まあ、ちょっとなら。


「……テストで身体動かしてないし、ちょうどいいかも」

「え、ほんと! 言ってみるもんだね……」

「え?」


 何はともあれ、私たちは高校2年生にしてグリコゲームをすることになった。正式名称はお互い知らなかったけど。

 緩い感じでじゃんけんして、「ぐ、り、こ」とか「ち、よ、こ、れ、え、と」とか言いながら階段を上がって追い抜き追い抜かされを繰り返す。単純なそれが、気恥ずかしさよりも、夕依ゆいと一緒の時間のおかげで、だんだん楽しくなってきた頃だった。


夕依ゆい? どうしたの? じゃんけん……」

「あっ、う、うん。だね。じゃんけんしなきゃ」


 夕依ゆいは私よりも数段上に居て、じっと手のひらを見つめていた。

 その様子に違和感を覚えたけど、すぐにいつもの笑顔に戻った夕依ゆいはパーを出して、慌てた私はグーを出す。


「負けちゃった~、また差が開いちゃう」

「……だ、だね」

「……? 夕依ゆい? ほんとに大丈夫? 疲れたとか」


 自分で言って、運動部の夕依ゆいはこれくらいじゃ疲れないかと思う。

 じゃあ、体調が悪いとか……?

 心配になって夕依ゆいの名前を呼ぶと、食い気味に「大丈夫大丈夫!」と帰って来て、それから。

 それから、夕依ゆいは大きく息を吸った。

 

「だ、い、す、き、だ、よ、か、な」

「――えっ」


 私に背を向けた夕依ゆいの口から、いつもよりも小さくて、少し震えている声が響く。

 時間が、止まった。

 スカートの裾を掴んで立ち止まる夕依ゆいと、呆然と立ち尽くすことしか出来ない私と。

 い、いま、何が――


「……ほらっ、つ、つぎ! 香波かなの番だからっ」

「え、あ、う、うん」


 本来ならまたじゃんけんをしないといけない、けど。

 私は震える指先で髪を掬う。いつか夕依ゆいに「綺麗だね」と言ってもらってからずっと伸ばしている髪を。

 夕依ゆいの声が、温度が、手が、一緒に居る時間が、私は。

 ずっと、ずっと前から。


「……ゆ、い、だ、い、す、き」

「――! かな」

「……もう。ちゃんと、告白したかったのに」


 私は、一文字に一段なんて無視して、言い終わるのと同時に夕依ゆいの隣に並んだ。赤面する夕依ゆいの頬に手を添えて、その目を見つめる。

 ああ、愛おしいな――


「私、ほんとに好きなんだよ」

「……あ、あたしだって。香波かなと、もっとずっと、一緒に居たい」

「じゃ、じゃあ、さ。私たち」

「……うん」


 ああ、なんて偶然。

 長かった坂道は、あと四段の階段で終わる。

 私と夕依ゆいはそれを確認すると、顔を見合わせて笑った。笑って、腰に手を回して。

 ずっと、ずっと触れたかったその唇に。


「ちゅーしたい」

「私も」


 大好きの気持ちを、触れ合わせた。


「……へへ」

「……ふふっ」


 数秒後離れた唇から笑みが零れて、私たちは自然ともう一度、二度とキスをする。

 それから、手を握って、指を絡めて。

 二人で、同じ場所を見ながら。


香波かな

「う、うん。なんかちょっと恥ずかしくなってきた」

「なんでよ! だってあたしたち今日から――ね?」

「……だね。恥ずかしがることなんてないよね」


 そう、私たちは。

 最後の四段、二人で息を合わせて。



 こ、い、び、と。



 と。


「――あははっ」


 宝物を抱きしめるように、言葉にする。



 少し前まで、私は私以外にも友だちが多い夕依ゆいの隣に居られるなら、じゃなくてもいいと思ってた。数学の問題の、一定の速度で点Qを追いかける点Pみたいに。

 のまま、夕依ゆいを追いかけるだけで、って。

 ――でも。

 夕依ゆいが先に勇気を出してくれて、私は思った。

 「大好き」と伝えても、グリコゲームのルールの上じゃ夕依ゆいに追いつけないなら。

 問題の設定のままじゃ、点Qに追いつけないなら。

 そんなルールには、従ってやらないって。

 だって私は、



「大好きだよ」

「――あたしも、大好き」



 ずっと夕依ゆいの彼女になりたかったんだから。


 

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