第8話 守られる喜びを知った

 直属の上司であるおじさんたちと話すのは、純粋に楽しかった。

 私の知らないことをたくさん教えてくれたし、世代間ギャップにはみんなで笑った。


 それに、どんな格好で来ても仕事さえこなせば文句無しだった。

 私の職場では、声と知識――要は「応対品質」だけが命で、見た目のルールはゆるく、遊びたい盛りの私は様々なヘアカラーやファッションの自由を楽しんでいた。

 だから少しずつ、バイト中の緊張感がなくなっていたのかもしれない。


 そして夜勤帯は人数がそこそこ配置されているが、入電は少ない。

 その分、研修はできても実践を積めずにクレームに繋がってしまったり、一般のオペレーターでは対応しきれず、上司が電話を代わることもあった。


 私は「絶対厳守のマニュアル」に沿って、最初は機械のように応対する。

 でも相手によっては「お問い合わせ窓口」じゃなくて、最終的に「お悩み相談室」に変わっている。

 クレーム対応も数をこなせば慣れるものだが、私は運が良いのか平和に終わることのほうが多かった。


 そんな中、久しぶりに夜勤帯でシフトがかぶったAさんが、私の応対をモニタリングしていて、それが終わった後にフィードバックをしてきた。

 普段あまり表情を変えないAさんが、ずっと険しい顔で私の仕事ぶりを聴いていたのだ。


 Aさんは、ヘッドセットを外すなり唐突にこう言った。


「君は――ここで今まで、何を学んできたの?」


 私の頭の中で、この言葉が反響して消えることはなかった。


「全然基本ができてない。研修もロープレもひと通りクリアしてるよね?」


 Aさんの“言葉の刃”はとても鋭かったが、そういう性格だということは理解していた。

 だが、そこまで言われるほど私の応対が悪かったとも思えない。

 私は納得できないままAさんの話を黙って聞いていた。

 ――すると、部屋の奥から冷静な声が飛んできた。


「今の応対、どこがそんなに問題なんですか?」


 上司おじさん軍団の中で、最も雰囲気が柔らかく優しいBさんが助け舟を出してくれた。


「俺も聴いてましたけど、ごく普通の応対でしたよ。それに、彼女は研修こそ終わってますが、入電が最近少ないので慣れてないだけです。そこまで言う必要ありますか?」


 普段の柔らかい笑顔と一致しない声の低さで、BさんはAさんを論破していた。

 明らかにバツが悪そうな顔をしたAさんは、その場でお手洗いに逃げていった。

 私はAさんが特段悪いわけではないと思ったが、Bさんからすると虫の居処が悪かったのかもしれない。


 ――それにしても、逆にBさんの言い方のほうが“凄い迫力”を感じた。


「……ごめんね、Aさんってああいう人だから。でもさ、責めるべきは環境であって、君じゃないことは確かだよ。次回に活かせるように、一緒に応対練習したり準備をしておこうか」


 Bさんはまた優しい声に戻って、私にそう言ってくれた。


 そのとき、私は初めて親以外に「守られている」と感じた。

 この気持ちは何なのか、ひと言では答えられないけれど――確かに「温かい何か」だった。

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私の脳みそは、どこか異常なんだと思ってた。 海音 @umine

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