第3話_狂った俺(おとこ)の出会いと毎日







俺んち?


俺の家はねぇ、普通の家だったよ。


至って普通、多分ね。


父さんがいて、母さんがいて。それから姉ちゃんの4人家族。みたいな。

愛情は注いでもらってたし、よく出来る姉ちゃんとちょっと職人気質のテンプレだけど母さんにベタ惚れの父さんと、優しくてけど怒るといちばん怖い母さんと。

そりゃあ変わったことの無い平々凡々な家だからさ、欲しいものは全部この手の中ー!なんてことはない。

誕生日ケーキはご馳走で、夏には皆で海に行って、運動会に盛り上がって、ハロウィンもやったし、もちろんクリスマスはイベントの中でもド派手にやった。

それから神社で初詣して雑煮食って……って、聞いてて面白いことないぐらい普通の家でしょ?


でもね、俺は普通じゃなかったんだよ。


誕生日に貰ったゲームは喜んだけど周りに話合わせるために速攻クリアしてから消して皆がてこずってるところを何とかクリア出来たように見せて盛り上がってる皆をみて笑って見せたし、海で楽しいと思うより暑い以外感じることも無く綺麗だって言うんだろうとは思っても関心なんてゼロ、そんな素振り見せたことないけどね。ハロウィンは子供らしくはしゃぐ方がみんなもりあがるから笑顔でテンション合わせて参加もしたし、クリスマスのイルミネーションに心躍ることもプレゼントを夢見ることもなかった。


でも、もちろん家族のためだしみんなの為に。

"普通の子"のリアクション全部やったよ?

当然じゃん。悲しませたりすんの気分悪くなるだろうから、多分。


あー、そうね、俺が綺麗だと思ったものか……なんだろ、クラック水晶とか、あとは錆びた鉄塔とか…あとは細かいシーグラスとか、そういうやつ。




え?

何言ってんの




自分で分かってるに決まってるじゃん

俺がおかしいことなんて



本当に狂っているおかしな奴っていうのはさ

自分がおかしい事をちゃんと理解してチューニングが出来るやつのことを言うんだから




__________________________



[chapter:狂った男は卯月に胸躍らせた]






さぁさぁお立ち会い。


これは愚かにも人のフリを始めた男の自分語り。奇妙だと思う?それとも嫌悪?そんな感情どうでもいいね、正直見たことも聞いたこともないアンタ達にどう思われようが俺には知ったことじゃないしね?

え?

なんでそんなこと言うのって?


だってアンタ達はこちらに来れないでしょ?

俺の傍にいるなら、アンタが望む高梨湧クンを演じて全力で信じ込ませてあげるけど。でも、俺に関係ない誰かなら、どうでもいい。


皆凄いよね?

自分の境界線があって、その上で周りに合わせようと努力する。涙ぐましいよねー。でもさ、それってほんっと



くだんないよね。




全部同じにしか見えない。




こうして登校中の桜並木を通っていようと、周りの女子たちの噂話も、課題やってないと嘆く男子たちの声も、ぜーんぶ一緒に見える。

なんだろうね?桜って綺麗って言われるけどさ。散ってくのが運命なのは花は全て同じなわけで。

これに関しちゃ美しいものだと思えるんだけど、なんで桜だけこんなに取り上げて神輿に担がれてるんだろう。


俺からしたら椿とか超綺麗なのに。


「あれ?湧じゃんおっはー!」


「うあおっとぉっ!!!あっぶねー、よっちんおっはー。今日早くない?え、やっと遅刻回避マスターしたの?」


「うっせーな!今日は委員会指名食らってるから行かなきゃ鈴木せんせに何されるかわかんねーの!お説教耐久レースとか新学期早々マジ勘弁だから!」


「ははっ、笑わすなし!ほらほら走れ走れー!!」


「うっせ!!また後でなー!!!」


桜並木を走ってくクラスメイト。

いやー、青春ってやつ?それとも学園モノテンプレ?うわー、どうでもいいわー。でも、俺が印象づけている"高梨湧"はこういう男だかんね、仕方ない。


「あ!ゆうじゃん、おはー」

「高梨おはおはー」

「高梨先輩、おはようございます!」

「なーなー、高梨お前今日の課題やった?」

「新学期早々マジでだりー……部活紹介サボりてーよー……なー、帰宅部のお前が羨ましいんだが」

「ねー、湧さ、明後日空いてない?カラオケ行こってなってるからさー」


はいはい、人気者の高梨くんは辛いね。

俺ってばにんきものー。

よく飽きないなー皆同じようなことばっかり。なんて考えながら、周りの声に望まれるように返して。それからやっと桜並木の先に校門が見えてきた頃、なんだか喧しめな女子たちの黄色い歓声。え、何。なんかあったっけ?今日。


「やばーい!朝から王子様に会えちゃった最高……!」

「やっぱ超絶イケメンが過ぎるよ尊い……」

「勝手に告ったりしちゃダメだよ?あの子1年の…」

「やっぱり!?学園の王子様!1年生はコイズミくんだよねー!絶対そうだと……」


あ、あの人混みの奥は1年生の"王子様"か。

成程ね。


この学園にまことしやかに伝わる七不思議、学園の王子様……ってのは1文字間違いで、正確には

"学年の王子様愛の試練"


「あ、ゆうーおはよー。って騒がしいのアレ何?」

「じんちゃんおはよ。あれらしいよ、1年生の"王子様"」

「あー、あの子か。そりゃ騒ぐわな、あのイケメンっぷりは。」


いつも気だるげに声をかけてくるクラスメイトに返事を返せば知った口調で返された。え、有名?俺知らないんだけど。


「そんな有名?俺知らないだけ?え、ユウくんぼっち??」

「ぼっちってわろた。違う違う、ゆうあれじゃん、入学式は会長さんのお手伝い駆り出されてたからちゃんと見てないっしょ?新入生の顔。あの子1発見たら忘れない顔だから、入学式で俺も見かけたってだーけ。」


桃色の絨毯のようなその先、下らない区切りの鉄の門扉に近付きながら朝が弱いと以前こぼしていたクラスメイトは欠伸混じりに続けた。

へぇ?そんなレベルのイケメンくん


「ウチの代の"王子"は病弱で滅多に出てこねぇし、女子含め2年がこの噂に引っ張られない分先輩たちと1年たちはあの子に引っ張られそうだなーって。あのなんだっけ、立てば……桜?」

「それは今俺らの視界をハイジャックしてるピンクでしょうが。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花って?」

「あーそれそれ。」


歩き続けていればもちろん校門に辿り着くわけで、近寄り難いのか、それとも七不思議が邪魔をしているのか女子たちの向こうが見えてくる。皆早く教室入んないの?遅刻ってめんどいよ?


「噂ではさ」


その向こうに居たのは


「極度の人嫌いらしいよ。イヤホン手放さない一匹狼。」


視界の暴力と言えそうなまでのピンクと、くすんでいた校舎を背景にしているとは思えないぐらいに完成仕切っていない美しい彼がそこに居た


「確か名前は……」


耳から伸びたコードが、まるで彼をこのくだらない世界に繋ぎ止める為に存在する鎖の様だった



「そうだ、コイズミ。古泉恭弥」




ふとこちらを見た彼の目に俺は映って居ないのだろうけれど。

その瞬間。確かにその目を見た。

全部を拒絶して、閉じこもりたがる。けれど、何かを欲する目をした、壊れてどうしようも無い目をした男の子。





あの子が欲しい







俺が初めて世界で見た、生きたまま壊れた可愛い子。






何かを知っていたのかって?

まさか、初対面だし名前も知らなかった。

けれど確かに思ったんだ、この子は"壊れてる"

愛おしく、美しい彼はきっと白い椿が良く似合う。それか白いチューリップ、あ、そうだ。


アーティーチョーク、あの花のような子だと思ったんだ。




____________________



[chapter:俺だけが知る水無月の翳りは黒雲を連れ去っていく]





「じゃーね、古泉くん」


「……」


本当に僅かにだけ頭を下げるあの子の綺麗な頭を見送る。ほんっと、可愛いよね。あんなに気持ち悪いとか俺を拒否して拒んで要らないって言っているのにちゃんと送ってくれたことには感謝したいって思っちゃうとことか。あの丸い頭も。あ、イヤホン付け直した、そろそろ曲変わる頃かな。お気に入りのピアニスト……確か新盤だしてたからなぁ、やっぱりそれかな、最近リピート率高そうだし。


ねぇ、気付いてるのかな君は。


俺の事を気にしなくなって、俺が居ることが当たり前になってることに。


気付いてるのかなぁ、俺が言葉を放てばそれを避けようとしたり、打ち返す気は無いくせにこちらにも緩いボールを放り投げて来るようになっているの。なんなんだろうね、この可愛さ。

それなのにこちらを拒絶する意思も感覚も見せてる。こりゃ、なにか見せてくれるのはそろそろかな?


それか、あの子の傍に近寄ってみようか。



いや、まだ早いか。


いつも別れる十字路今来た喧しいほどに若葉が茂ってる道を真っ直ぐ戻ってしまうと学校(つまらないハコ)、真ん前に10分歩くと俺ん家。そして少しだけ坂を昇った所にある小泉くんの家。

俺はあの子の背を少しだけ見送ってから真っ直ぐ歩いて、10歩だけ歩いてから止まった。


心の中で10数える。


その間にランドセルを背負った子が2人、かけっこでもしてるのか通りすがっていって、そのランドセルの金具は季節柄早く染まっていく夕焼け空の太陽光線を僅かに反射した。子供の声、元気なのはいいんだけどねぇ



今は静かにしてほしいなぁ





よし、10秒。



直ぐに踵を返した俺は曲に合わせた歩調になるあの子がおよそ予想通りの位置にいることを確かめる。


夕焼けに伸びる影が揺らぐ。


まだ陽炎の揺らぐ季節でも無いだろうに、あの子が居るからかな?そんな風に見えるのは。ほんとにあの子は可愛くて、繊細な子だから夏が来たら溶けちゃいそうで心配。

どんな風にあの子が溶けるのか、興味が無いと言ったら嘘にはなるんだけど……でも古泉くんが溶けちゃうのは困るから、それはやっぱりダメだよね。


そんなことを考えながら、ゆるゆる、ゆらゆらと音に揺蕩うように歩いているあの子の背を追いかけるように歩き始める。あの子の音のギリギリ外側を辿るように、あの子の歩幅に合わせて。


気付かれる?そんなヘマ、するわけないじゃん?だって俺は普通の男子高校生だけどさ、





恋する男の子なんだから。





ゆらゆら、ゆるゆると帰路に着く時あの子の背中は少しだけいつもより丸くなる。少し蒸し暑い梅雨の狭間の夕陽に射抜かれる彼は、きっと正面からみたらどんな色をして見えるのだろう。あの子のあの癖、丸くなる背中はきっと、自己防衛なんだろうなぁ。イヤホンに巻き付かれて、音に篭って籠城して。あの子の軋む音が聞こえてきそうで、堪らなく愛おしくなった。


少し蒸し暑い梅雨の狭間の夕陽に射抜かれる彼は、正面からみたらどんな色をして見えるのだろう。無性に知りたいけれど、知らなくてもあの子を抱きしめる理由には事欠かないから、なんて。

そんなくだらない事を考える頭は、相も変わらずよく回る。自分で自分に賞賛の拍手を送ってやれそうなぐらい。



あの子の家は普通の男子高校生が俺らが分かれているはずの十字路から歩いて推定5分。けれど、いつもかかる時間は10分以上。

今日はたまたまいつものネコにも散歩中の犬に出会うこともないから10分と……20秒ちょいとか、そんなもんだけれど。


必ず最低でも空が燃えだす時間になってあの子の閉じた瞳が茜色を感じるまでは、あの子のスマホのまで屋上で時間を潰してからゆるゆると人に会わないように会わないように帰っている。わざと理由を着けるように、けれど遠回りをすることは決してしない。回り道もせずに同じ道を、けれどゆるゆる、ゆらゆらと揺蕩うように。


それだけあの家に帰ることが嫌なことぐらい、君を見ていればわかるよ、古泉くん。


「みーつけた」


"どすっ"


夕焼けに染まる無機質な高く聳えるコンクリートのマンション(牢獄)、その1番上の階。

あの子が扉を開けて、その姿を隠してしまうのに呼応するように夕焼けは姿を隠して空は1段階暗さを増した。


「んぐっ、やっ!なんだてめ……っ!!』


この路地裏は君が扉を閉めて息も付けない"帰りたくないおうち"に帰り着く所が見える俺のお気入り。

おかえり、古泉くん。今日もよく家に帰れたね、偉かったね。そう言って上げたらあの子はどんな顔をするだろうか。


「おい聞いてんのか!おいぶっころ……」


「煩いよ、オジサン」


「ぐはっ!?!?」


あー、折角古泉くんのこと考えてたのに、台無しじゃない。あーあー、マジでどうでもいいオジサンが喧しいせいだから。

やっと完璧なタイミング見つけたからそのまま足払いかけて転ばせて、路地裏まで連れてきたのに。そんなに喧しいと世間様に迷惑でしょ?ていうか


「俺が大事なこと考えてんのになに、おーじーさん」


引きずって来たもんだからおじさんは所々擦り傷やら服はアスファルトと砂埃で汚れてる。あー、ここ路地裏だから。仕方ないよね。でもさ、アンタが悪いんだよ?

足元に転がして動けないように踏みつけてあるオジサンの頭にぐり、と力を込めるとまたなんか呻いてる。わー、やだきもちわるー。

でも、許されるわけないよね?俺が古泉くんが無事に"嫌いな場所にちゃんと帰りつくのを"見送る大事な時間をアンタみたいなどうでもいいモノの為に不意にするなんてこと。

それに


「アンタ、"俺の"大事な古泉くんを狙ってたんでしょ?ここ数日毎日、お前のことあの子の帰り道で見かけてたからよく覚えてるよ」


いつも居ない人間が、さ。

それにあの子の住むこの辺はちゃんとした人が住むエリアだからアンタみたいな格好の人間は浮くんだよ。だから、何を考えてるのかを考えたの、お前みたいなのが。そしたら手に取るように分かったよ?毎日予想通りのテンプレみたいな動きしてくれてありがとう。大事なあの子にらあんな気持ち悪い視線を向けやがって。


「最近噂の"不審者"さん、気持ちはわかるよ?あの子は綺麗だし触りたくなるのはよく分かる。けどさ、ダメなんだよ」


力を緩めた後にそのままそのモノの傍にしゃがみこむ。あーあ、どうでもいい貧相な服も顔も体もボロボロだ。まぁ、騒げないようにある程度色々しましたし?そりゃ当然だけど。


髪を掴んでそのままぐっと顔を近づける。


こういう芽は摘まないと。

そうでしょ?

古泉くんの中に、こんな翳りはいらない。

見せる必要?あるわけないじゃない。

だって、俺がいるんだから。




「あの子はね、俺の大事な大好きな人なんだから。」





「今度同じことしてみなよ、あの子の世界に入ってきたら……俺、手加減しないから。ね?おーじさん」


そのまま掴んでいた手を離して首に1発だけぶち込む。そしたら気絶してくれるからそれで完了。ここ、監視カメラないから楽でいいわ。


さ、通報だけして俺も帰ろ。




明日もあの十字路であの子を待たなきゃだから。

それで、また小さな声でおはようっていう可愛い君と学校(くすんだ世界)へ向けて青葉の茂る道を歩まなきゃだからさ。

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愛情というナイフを持つ僕の先輩 AOI @ryutan_yuki

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