死神と研ぎ師と似合いの百合と

藤泉都理

死神と研ぎ師と似合いの百合と




 黒百合より黄百合があんたには似合うわ。


 黒百合がよく似合う彼女、黒井百合芭くろいゆりはからの言葉に未だ頷き返せずにいた。






「すまない。頼む」

「あんた。暇なの?」


 死神は馴染みの研ぎ師である百合芭の言葉に暇ではないと返した。


「だって、毎日同じ時間に来るじゃない。十九時十九分なんなら十九秒にぴったり。暇じゃないとこんなに正確な時間に来られるわけがないじゃない」

「時間のやりくりが巧いと言え」


 死神は死神の鎌を百合芭に差し出した。

 百合芭は死神の鎌を受け取ると、鎌の刃をじっと見て眉根を寄せつつも、作業台へと向かい、研石で死神の鎌の刃を研ぎ始めた。

 勝手知ったる店内にて、死神は椅子に座って百合芭をじっと見つめた。

 銀色の手拭いで頭を包み黒紫色の作務衣を身に着ける百合芭の真摯な姿は、粋な職人そのもの。

 今の時代にもまさかこんな人間を見る事ができるなんて思いもしなかった。


「君こそ暇なのか?」

「暇なわけないでしょ。あんたが来るまでお客様でごった返しだったんだから」

「そうなのか。私の死神の鎌にしか使わない研石がすでに作業台に置かれていたのでな。私しか来ていないのかと思った。ああ。そう言えば。昨日も、一昨日も、一昨昨日も、私が店に来た時にはすでに置かれていたな」

「あんたが毎日毎日十九時十九分十九秒に来るからその時間に間に合うように置いていたのよ。私は職人よ。お客様を無駄に待たせるような事はしたくないの。だから、話しかけないでくれない? 今は死神のおきゃくさまと対話している途中なんだから」

「それは失敬」


 死神は静かに口を閉じて、百合芭の作業姿を見続けた。

 死神の鎌の刃が研石によって、百合芭の手によって研がれる音が、厳かに、静かに響き渡る。

 心が落ち着いた。

 元気になる、ではなく、元気になってもいいかと思わせてくれるやさしい時間。




「感謝する」

「ちょっと待って」


 死神の鎌を受け取るや否や店から出て行こうとする死神の背中に向かってそう言うと、百合芭は店に置いていた包みを手に取って、振り向いた死神へと差し出した。


「もうちょっと休んで行ったらって言葉は封じ込めるから、せめて栄養補給はしっかりしなさいよね」

「………」

「何よ」

「いや。その。期待、していいのか?」

「何よ。私だって。恋人らしい事はしたいって欲はあるわよ。毎日死者の為に奔走する恋人の、為に。お弁当を作りたいって欲はあるわよ。文句ある」

「………ない」

「味付けについては忖度なくちゃんと言いなさいよ。次には改善してみせるから」

「………ああ」

「………そんなに感極まらないでよね。そんな。大したもの。作ってないのに」

「………すごく。嬉しい。感謝する」

「ん」

「共に過ごす時間が取れず、すまない」

「ん」

「共に過ごす時間が取れると約束できず、すまない」

「ん」

「それでも、君を手放したくない我が儘な私で、すまない」

「ん」

「行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 名残惜しさなど微塵も感じさせずに立ち去っていく死神の後姿を店内から見送った百合芭は、くすりと笑った。


「やっぱり、黒百合より黄百合が似合うわよ。あんた」


 百合芭は店に飾っていた一本の黄色の百合を見つめて、艶めいた微笑を浮かべたのであった。











(2025.6.21)



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死神と研ぎ師と似合いの百合と 藤泉都理 @fujitori

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