大嘘つきは恋をする

京野 薫

大嘘つきのため息(1)

「今日もお仕事、忙しかった~。でも、頼りになる同僚のみんなのお陰で何とか一週間乗り越えられました。あっ、もちろんパパやママもご飯作ってくれたり、日々のフォロー有り難うです♪ でも……やたら心配してかまって来るのは勘弁ですね~。で、今夜は念願の小説タイム! 皆様お待ちかねの『迷宮探索女子』の第二部、いよいよ書きますよ~。ずっとエタってたけど、頑張ります!」


 私は公園のベンチに座ったまま、スマホの画面をポチポチ触って入力した。


 小説投稿サイト「ヨミカキ」の機能である「近況日記」


 皆さん主に新作の投稿状況に使ってることが多いけど、私はとある事情から日常エッセイっぽく書くのが好きだ。

 そして、投稿し終わるとふと右手に痒みを感じたので、見ると蚊が一匹止まっていた、


 わ……


 慌てて叩こうとするも、逃げられてしまい後には手の痒みだけが残った。

 しまった、夢中になりすぎちゃった。


 小説を書いたり近況日記に書き込みするときは、ついつい集中しすぎてしまって物音さえも分からなくなる。

 悪いクセだな……って思うけど、楽しいんだから仕方ない。


 私……桜井真弓さくらいまゆみはホッとため息をつくと、人気の無い公園をボンヤリと眺める。

 7月の夕方の空気は名古屋特有の暑さと湿気でズシンと重い。


 今夜、連載中の奴の続き書けそうかな……書けるといいな。

 私はスマホから改めてヨミカキを開くと、自分のページを開く。


「春野しずく」

 私のペンネーム。

 そしてマイページには今まで、時間を何とか作ってコツコツ書きためた小説たち。


 今は異世界ファンタジー「迷宮探索女子」を連載中だ。

 突然異世界に来てしまった、夢も無い孤独な女子高生「まゆ」が、そこで出会ったぶっきらぼうな迷宮探索者の男性と反目したり時には理解し合ったり、またホームシックや異世界の生活習慣の壁に苦しみながらも、迷宮探索者として自分の生きる意味を見つける。

 そして、自分がこの世界に来てしまった理由でもある「千年を統べる女王」の謎に迫っていく、と言う物語。


 書いている間は主人公の「まゆ」になりきって、物語の世界に没入できる。

 小説を書いている間だけは現実に生きる「桜井真弓」で無くなる事が出来る。

 それは小説だけじゃ無く「春野しずく」として、近況日記に「お仕事」やしずくの日々のあれこれを書いたり出来ることも大きい。


 そう。

 小説だけじゃ無い。

「春野しずく」になっている時も……私は自分を忘れられる。


 深々とため息をついたとき。

 スマホが軽やかな着信音を鳴らしたので、私はビクッとして画面を見た。


 パパ……


 私は慌てて電話に出る。


「も、もしもし」


「真弓か。今、どこにいる」


「あの……ゴメンね。今、学校を出たところ。ちょっと先生と今度のテストの事を話してて……」


「時間はキチンと確認しなさい。後10分でお茶の先生が来るのは知ってるだろ? その後はパパの後輩も交えて、フレンチを食べに行くんだから」


 え? フレンチ……


「あの……パパ? 今夜、フレンチの予定って……」


「急遽決まった。智也ともや君が今夜開いたらしいからな。お前に会うのを楽しみにしてるんだ」


 今夜って……小説……


「でも……今夜は……授業の予習や復習を……」


「今日はいい。せっかくアイツも来るんだから、そっち優先だ。お前も羽を伸ばせ」


 羽を……って。

 私の脳裏に高木智也たかぎともやさん……パパの後輩の顔が浮かぶ。

 パパのお気に入りの方。

 でも……お家に来る度に私の事をじっと見るのが、正直辛い。


 ううん、そんな事よりも小説が……

 私は目を軽く閉じると、頭を小さく振って無理に笑顔を作った。


「はい……すぐに帰ります。智也さんとお会いできるの楽しみです」


 そう言って電話を切った私は、ヨミカキを開いて近況日記に「ごめんなさい! さっき後輩の子からご飯のお誘いが! もう~しつこくって(笑) でも可愛い後輩なので、断れません(汗) ああ~せっかくの小説タイムが……明日は絶対書きます!」と投稿した。


 そう。

 私は投稿サイトの中では「名古屋駅近くの病院で看護師をしている、25歳の女子」

 現実は「市内の女子校に通う17歳」


 そして投稿サイトの中の春野しずくは「そそっかしくてやたら構って来るけど、優しい両親や仲の良い友達や慕ってくれる後輩に囲まれている」

 私は「春野しずく」になっている時だけ、理想の私で居られるのだ。

 そんな事を思いながらヨミカキを開くと早速手紙のアイコンが赤くなっている。


 ドキドキしながら開くと……私は自分の顔がカッと熱くなるのを感じた。


「もえるニャン」さんだ……


 私が最初の小説を投稿したときから、毎回コメントや応援のお星様を下さる方。

 時には胸が一杯になるような、作品紹介をして下さる事もある。


 私は、頬が緩むのを感じながらコメントを見る。


「せっかくの楽しみにしてた小説執筆、残念でしたね。僕も迷宮探索女子、第二章開幕楽しみにしてたので今夜は暇になりそうです(笑)でも、お付き合いも大切! 後輩の人との食事も小説に負けずたっぷり楽しんで下さい」


 私はウンウン頷きながら、もえるニャンさんのコメントをコピペするとヨミカキ内の「非公開ページ」に保管した。


 相変わらずお優しいな。

 って言うか、そんなに楽しみにしてくれてたんだ……書きたかったな。

 私は「本当にご免なさい……でも、明日は絶対に書きますね! それに……」と書き込んだところで、ハッと気付いて慌てて腕時計を見る。


 やっちゃった!

 時間……過ぎてる!


 私は「それに……」以降を消して投稿すると、スマホをカバンに入れて駈けだした。

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