第11話 色という美しいものを君へ

次の日、彼女は学校を少し遅刻してきた。


彼女の唯一の友達である女子生徒は、心底安心したように笑顔を見せた。


彼女はそれに応えるように、いつも通りの笑顔を浮かべた。


もう大丈夫だ。


そう確信できた。


だが、何か違和感を覚えた。


彼女が久しぶりに学校に来たというのに、荒井の顔は嬉しさよりも苦しさが表れていた。


もう彼女のことはキッパリ諦めたのか。


そう思ったとき、彼女の過去の発言を思い出す。


僕は2人の間に何があったかを察してしまった。


彼女は僕に嘘をついたのだ。


***


明日から夏休みが始まる。

それにも関わらず、僕は美術の授業で色塗りをしていた。


これは終わらない。

そう思った途端に急にやる気が失せてきた。


自分の好きな風景を、あらかじめ撮ってきた写真を見て描く。


美術のくせに写真を使うという謎のこの授業で、僕が選んだ風景は、彼女に教えてもらったあの緑の芝の公園だ。


この風景は僕の人生に大きな影響を与えてくれたのだ。


だが、終わらない。

どう頑張っても終わらない。


「今日で終わらない人は、夏休み中に完成させてきてください。提出期限は夏休みが終わる1週間前です。」


美術の先生がそう言った。


僕が夏休みにこの風景画を提出しに学校へ行くことが確定してしまった。


僕は諦めた。緑の絵の具がもうなくなる寸前だったため、先生から借りる許可を得た。


授業の終わりを告げるチャイムがなる。


僕は教室を出た。


桜井が新たな紙を先生からもらっているのに気づかずに。


***


夏休みが始まっても、僕と彼女は以前と同じように毎週土曜日に思い出巡りを続けた。


彼女が色を得れる予定であった土曜日も例外でなく。


彼女の幼少期はわんぱくすぎる。

巡る場所が多すぎる。


だが、そのいずれも色が彼女の視界に現れることはなかった。


しかし、彼女は全く気にしている様子はない。


彼女は多くの困難に直面した。

色が見えるという希望を失ったことや、父親のこと。


状況が好転したわけではない。

解決したわけでもない。


しかし、彼女はそれらを乗り越えた。


「私にはまだ、乗り超えなければいけないことがある。

私には、行かなければいけない場所がある。」


夏休み最終日の日曜日に彼女はそう言った。


次の日、僕が登校しても彼女の姿はなかった。


彼女は向かったのだ。

母の事故現場に。


彼女は成長したのだ。

時々感じた、身長以外に成長した様子のない彼女はもういない。 

 

そう思いながら、美術の先生から借りた緑の絵の具を返却しに、美術室へ向かう。


提出するときに、せっかく学校に行ったのに家に忘れてしまったのだ。


美術室に足を踏み入れる。


黒板の前にある先生用の大きな机に歩いて行く。


そして、机の上には、僕が彼女を連れて訪れた

あの美しい風景の絵が、で描かれていた。


遠くの山々も、緑の葉をつけた木々も、青い海も、明かりを放つ太陽も、そのすべての色彩が完璧であった。


最優秀賞 桜井 花 


そう書かれた紙が視界に入る。


そして、その絵の説明欄には彼女の字でこう書かれていた。


私には、色が見えない。

みんなが感じる美しさも私にはわからない。

そんな私でも、1人がいる。

その人は私にくれたのだ。

色という美しいものを。


その言葉を見て、心にじんわりと温かいものが広がる。


そして、僕は涙声でつぶやいた。


僕は与えることができたのだ。


色という美しいものを君へ

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