公開処刑

ヤマ

公開処刑

 ――何かが、おかしい。






 「ちょっとトイレ」と言って、彼が立ち去ったのは、ほんの五分程前だった。




 私達は、繁華街の広場に面したカフェのテラス席にいた。


 夕暮れ時、人通りは多く、ざわめきも自然だった。






 それが、急に変わった。






 人の流れが、止まる。


 奇妙な静寂。




 誰かがこちらをじっと見ている気配。


 視界の端で、一人、二人と立ち止まり、私の方を向く者が増えていく。


 男も女も、老若も問わず。


 誰もが、笑っていた。




 ただ――




 口元は笑っているが、目は笑っていない。


 ぎこちない、不自然な、壊れた人形のような笑み。




 喉の奥が粘つく。


 手元のグラスは、すでに空だった。




 首筋に冷たい汗が伝ったとき、それは始まった。






 音楽だった。






 カフェや近くの店で流すような種類のものとは、明らかに異なる。


 あまりに唐突で、異質。


 むしろ、それが聞こえたこと自体が、不吉に思える程に――




 突如として、彼らは動き出した。




 完璧にシンクロした振り付け。


 笑顔のまま、街の中心で踊る群衆。


 見たこともない連携。

 揃い過ぎた動き。

 異様な一体感。


 私は動けず、ただ見つめるしかなかった。




 そして、その中央に――彼が現れた。




 私の恋人。




 息を切らしながらも、眩しいほどの笑顔。


 他の連中に劣らぬ動きで、彼も踊っていた。


 いや、それ以上に嬉々としていた――




 最後の決めポーズの後、彼はひざまずいた。


 掌には、赤いベルベットの小箱。


 その箱の中で、銀の指輪が、光を放っていた。




 広場中が拍手に包まれる。


 彼が、何かを言っている。


 周囲は、祝福のムード。


 スマートフォンを掲げて笑う、顔、顔、顔。




 ――私は、ただその光景を眺めていた。






 まるで、の中に閉じ込められたように。






 彼は、まだ信じている。


 私が感動で涙を流すとでも思っているのだろう。


 自分が「サプライズを成功させた男」だと信じて。


 まるで、映画のエンドロールを眺めるような顔で、拍手に包まれている。






 嫌だって、話したこと、あったはずなのに――






 思い出すのは、いつかの会話。




 覚えてくれていなかった。




 急速に冷めていく気持ちを自覚する。




 私は、目を伏せ、小さく息をき、そして呟いた。








「フラッシュモブって、嫌いなのよね……」

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公開処刑 ヤマ @ymhr0926

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