お返事下さい

真花

お返事下さい

 一三六日目。午後八時。

『今日も暑かったですね。先輩はどう過ごされましたか? 私は今日は新宿の伊勢丹に行きました。一人でです。外から店内に入った瞬間の冷気の壁に突入する感じが好きです。ここからはデパートの世界なんだって示されているみたいで。ほとんど冷やかし、いえ、ウィンドウショッピングしかしません。でもそうやって目利きになるんです。いつか本当に欲しい物が見つかるまでお金を貯めて、同時にモノ達への理解を深めていくつもりです。そうして大切な一品に出会う。その出会いまでは浮気心で手を付けないんです。私にとって先輩も同じです。他の誰かなんて見向きもしない私がいます。私は手を伸ばし続けます。早く取って下さいね。明日は明日の何かが待っていても、今日は今日の何かが必ずあります。その一つに私がなれたらいいなと思います。伊勢丹の後は新宿の街をふらふらと歩きました。じりじりと太陽が麦わら帽子越しでも私を焼いて、もう少しで食べ頃になってしまいそうでした。何か素敵なものがないかと探しに行っても空振りのときだってあります。今日はまさにそうでした。でも私には先輩がいます。それは絶対に空振りにならない。でも、まだボールにバットは届いていません。きっとホームランになります。では、また明日』

 送信。手に持ったスマホに視線を固定したまま緩い息を漏らす。縁に座っていたベッドに転がる。スマホは静かにスリープになり画面が暗く、消える。

「今日は返事来るかな」

 まるで受信しないスマホに咎があるかのように言って、だって先輩のせいにはしたくないから、ぽす、とスマホを枕の上に置く。斜めになって中腰みたい。先輩は今頃何をしているのだろう。ご飯かな。お風呂かな。勉強しているのかな。それとも誰かと一緒に外で遊んで、カラオケとか、ボーリングとか、飲んでいたりとか、するのかな。全然分からない。でもきっと八時になれば毎日来る私のメールを待っているはず。そして何をしていようとも時間が来たからとメールを開封して読んでいるのだ。もし意地悪してメールを送らない日があったら、先輩は不安でしょうがなくなる。私を訪ねて来るかも知れない。でもそんなことはしない。それは最終手段だ。

 私はベッドから出て窓を開ける。窓の外には空がある。空は地球上の全部が繋がっているから、先輩とも共有している。私がここから息を吐いた分だけ先輩にかかり、吸った分だけ先輩が揺らぐ。深呼吸を三回してから後は空を先輩を感じる。それでもどこで何をしているのかは察知出来ない。いつか感知出来るようになるのかな。

 スマホがメールの着信を知らせる音、ニワトリの朝の一声、を派手に鳴らす。

 素早く体を反転させてベッドにヘッドスライディングで飛び込み、スマホをキャッチする。先輩。

 だが、美保みほだった。

『来週の生理学のテストの範囲教えて!』

 お前じゃねーよ。醜い顔をして画面を睨んでから、でも友達は大事、とすぐに範囲を送信した。再びスマホを枕に置く。玉座のようだけど、王様は来てくれない。窓のそばに空気を吸う続きをしに行って、急につまらないことをしている気がして窓を閉めた。美保に言われなくてもテストはやって来るのだし、勉強はしておかないと生理学は特に留年に直結するからやばい。教科書、ノート、プリントを机の上に並べる。勉強の間は先輩のことは忘れる。つもり。蓋をしているだけなのは分かっている。二十四時間先輩のことを考え続けて、想い続けている自覚がある。それを浮き沈みさせて隠すことが出来るだけだ。私は生きている間に先輩を想うのではなくて、先輩を想う隙間に生きている。

 勉強を始めて二時間、十時になっても先輩からの返信はなかった。十一時になっても、就寝直前になってもない。まだかな、思いながら眠り、朝に運命を決めるみたいにスマホを見てもメールは来ていなかった。

 一三七日目。今日はどんなメールを打とうか。朝から頭の片隅でずっとそのことを考えている。

 まだ、一度も返信は来ていない。


 *


 百三七日前。午後八時。

『こんばんは、先輩。突然のメール、すいません。私、これから先輩にメールを送りたいと思います。全然、返信とか気にしないで下さい。私が送りたいから一方的に送るだけですから。今日は私は美保と言う友達と晩御飯を一緒に食べました。美保が美味しいと勧める沖縄料理屋さんに行きました。ゴーヤチャンプルがすごく美味しかったです。いつか先輩とも行けたらと思います。その後、夜の新宿は怖いのですぐに帰りました。私は少し興奮して、美保に宥められて、でも二人でたくさん笑いながらの帰り道でした。途中で美保は電車を降りて、私はそれから一人で、車窓に映る自分の顔がいつもよりも魅力的に思えました。気のせいだと思います。それから家に帰って、お風呂に入ってからこのメールを書いています。だからもしかしたら私に決意をさせたのはゴーヤチャンプルなのかも知れません。でも、思い付きじゃないんですよ。ずっとこうしたいと考えていたんです。本当に、読みっ放しでいいです。私が勝手に書いて送ります』

 送信。


(了)

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