第24話 私だけの「新しい一歩」

私は沢田優香。24歳。フリーター。

今日、私は「新しい私」を受け入れる。

べ、別に、あんたのために泣くわけちゃうからな。


私の定位置は、狭いアパートの一室。

机には、使いかけの地味な絵の具が散らばっている。

夢は、いつかイラストレーターとして、

自分の絵で生きていくこと。

だけど、そのための最初の一歩が、

なかなか踏み出せずにいた。

「別に、私に才能があるわけちゃうし」

口ではいつも、そう強がっていた。

そうでないと、自分を保てなかったんだ。

毎日が漠然とした不安で、胸がいっぱいだった。

この悩みは、誰にも言えない。

特に、自分の描く絵が「地味」だと、

いつも心のどこかで思っていた。

もっと、人の目を引くような、

鮮やかな色使いがしたいのに。

でも、新しい表現に冒険する勇気が、私にはなかった。


だけど、今日だけは、違った。

スマホでイラストの情報を集めていると、

オンラインで見つけた、

プロのイラストレーターが教える講座の広告が目に留まった。

「新しい自分を見つける色」というテーマ。

前からずっと気にはなっていたんだけど、

「私なんかが参加して、意味あんの?」

と、いつもそう言って、結局諦めていたのだ。


しかし、講座の紹介ページに載っていた、

たった一枚のイラストに、私の目は釘付けになった。

そこに描かれていたのは、

信じられないほど鮮やかなピンク色の絵の具。

その色が、まるで私を呼んでいるみたいに、

キラキラと光って見えたんだ。


これだ。

私の直感が、ビリビリと全身を震わせた。

この絵の具ならきっと、

私を「新しい私」に変えてくれる。

そう、確信した。


スマホの画面を凝視する私の指先が、

購入ボタンの上で、小刻みに震え、汗ばんだ。

心臓はドクドクと、けたたましい警鐘を鳴らす。

「こんな派手な色、私には絶対無理やろ」

「どうせ使いこなせるはずがないし、無駄になるだけや」

「また、中途半端に始めて、すぐに飽きるだけやんか!」

自己否定の言葉が、嵐のように脳裏をよぎる。

指が止まる。

頭の中では「やめとけ」という声が響く。

だけど、心の奥底で、

「私、本当は、もっと色んな色を使ってみたい!」

という、純粋で、強い衝動が湧き上がってきた。

それが、私の本音だった。

「がんばれ、私! このチャンス、絶対に掴むんや!」

小さく震える指先で、意を決して、

「ポチッ……」

購入ボタンを押した。

画面が切り替わり、「注文完了」の文字。

心臓が、大きく跳ねた。

顔が、耳まで熱くなる。

こんな鮮やかな絵の具セット。

生まれて初めて、自分でポチってしまった。

これは、私だけの秘密の始まりだ。


数日後。

ピンポーン。

インターホンが鳴る。

慌てて玄関に出ると、

宅配業者さんが笑顔で立っていた。

小さな段ボール箱を受け取る。

家族に見られないように、

慌てて自分の部屋に駆け込んだ。

まるで、悪いことでもしたみたいに。


丁寧に、セロハンテープを剥がす。

蓋を開ける。

ふわり、と。

新品の絵の具特有の匂いがした。

箱の中から取り出したのは、

私がポチった、鮮やかなピンク色の絵の具チューブ。

指でそっと触れる。

ひんやりと、そして柔らかい感触。

本当に、この絵の具が、

私の中にずっと眠っていた、ちっぽけな勇気を、

引き出してくれるのだろうか。

期待と、ほんの少しの不安。

混ざり合った、不思議な感情が、胸の奥で渦巻く。


イーゼルに向かう。

新しい、真っ白なキャンバスを立てる。

チューブから、絵の具をそっと出す。

パレットの上で、鮮やかなピンク色がキラキラと光る。

細い筆に絵の具を少量取る。

ああ。

なんてことだ。

キャンバスに描かれたのは、

いつもの私らしくない、大胆な色使い。

私の手が、まるで意思を持っているかのように、

自由に色を乗せていく。

初めての色使いなのに、

心が躍るのが分かる。

「私…この色、似合ってるかな…」

普段なら、絶対に口にしない言葉。

誰にも聞かれない、部屋の中なのに、

思わず、ぽつりとつぶやいてしまった。


猫背気味だった背筋が、ピンと伸びる気がする。

心臓が、ドクドクと大きく脈打っている。

まるで、私の中に。

ずっと、ずっと深く眠っていた何かが。

ゆっくりと、ゆっくりと、目覚めていくみたいだ。


「よしっ! がんばれ、私!」

小さな声。

でも、確かに気合いを入れた。

この絵の具が、私を新しい世界へ連れて行ってくれる。

誰にも見えない私だけの秘密。

でも、その秘密が、私に確かな勇気をくれた。

今日、私は確かに新しい一歩を踏み出した。

ポチって、本当によかった。


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SNS


沢田優香のSNS投稿(匿名アカウント)


今日の私と、秘密の足し算 第24話。

今日、新しい絵の具をポチった。

こんな鮮やかな色、今まで怖くて使えなかったけど、

心の中で「がんばれ、私!」って叫んだら、

指が勝手に動いた。

まだ少し怖いけど、この色で、

新しい私を描いていくんや。

#見えない自信 #私だけの秘密 #一歩ずつ前へ #新しい色

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今日の私と、秘密の足し算 五平 @FiveFlat

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