第30話「大晦日、静かな光――エピローグ」

 12月31日。大晦日の夕暮れ。

 桜葉中の校庭は、誰もいないはずなのに、どこかあたたかい気配が漂っていた。

 西の空にうっすらと残る紅が、雪雲の隙間から差し込み、白く静かな校舎の輪郭を柔らかくなぞっている。グラウンドにはまだうっすらと雪が残っており、足を踏み出すたびにしゃり、しゃりと微かな音が響いた。

「――来るって思ってた」

 そう言ったのは、凛音だった。制服の上から厚手の黒いコートを羽織り、白いマフラーを首に巻いた姿。その頬は、雪の冷たさのせいか、それとも少し照れたような心情のせいか、ほのかに赤い。

「……なんで分かったの?」

 琉叶が歩み寄りながら問い返す。肩に小さなドローンのキャリーバッグを提げ、手には例の古びたノート――班の記録簿を握っていた。

「だって、約束したから。次は“誰かを救う現場で”って」

 凛音は、そう言って空を仰ぐ。雪の切れ間から、一番星がひとつだけ、そっと顔を出していた。

「私たちは、まだ、ここからだから」

 誰に言うでもなく呟いた凛音の声に、琉叶は言葉を詰まらせる。けれど、すぐに笑って頷いた。

「うん。……今日、みんな来ると思うよ。あいつら、絶対に年末でも油断しないから」

 それは、もはや確信だった。

 そしてその予想は、間もなく現実になる。

 最初にやってきたのは、亜里沙だった。ショートダウンの下から見える動きやすそうなスウェットパンツ。片手には電子タブレット、もう片手にはお汁粉の缶。

「いまの風速、南南西から6.5m/s。ドローンの初速を1.2上げた方がいいよー……って、あれ? なんかこの雰囲気、年越しカウントダウン感ある?」

 続いて直也が合流する。手には書きかけのレポートと、付箋がびっしり貼られた技術解説書。肩にはバッテリーパック。

「分析する時間は終わった。あとは、“これからどうするか”だけが俺たちの議題だろ?」

 その言い方に、琉叶と凛音は思わず吹き出した。

 やがて、まみが雪道を足早に走ってくる。手にはスープジャー、足には防水のブーツ。誰よりも早い動きだったが、開口一番、眉をひそめた。

「ちょっと、こんなとこで集まるとか聞いてない。けど……まぁ、今年も締めないと気持ち悪いし」

 慎之介は、車いすに乗せられて裕一と共に現れた。薄い毛布の下で慎之介は笑っている。

「やっぱり、予測通りだったね。君らの行動傾向、冬でも正確だった」

「……相変わらず体調は本調子じゃないが、この場に立ち会えたことに礼を言うよ。仲間としてな」

 裕一の言葉に、凛音は深く頭を下げ、そしてすぐ顔を上げて言う。

「ありがとう、裕一くん。そして慎之介くん。今日は、みんなが来てくれて、本当に嬉しい」

 そのとき、最後に秋穂が現れる。どこか所在なさげな顔つきで、けれど皆の視線が向くと、少しだけ目を細めて、無言で頷いた。

「……よく集まったね。年の瀬なのにさ」

「……年の瀬だから、集まりたいんだよ」

 琉叶がそう返すと、秋穂は小さく鼻で笑った。

 こうして、桜葉中の校庭に、8人の「レスキュードローン研究班」が揃った。

 今年のすべてを背負ってきた、仲間たちだった。


 その日、校庭のど真ん中に、小さな折りたたみテーブルとドローンの発着マットが設置された。

 メンバーそれぞれが持ち寄ったホットドリンクやスープジャー、そして凛音が用意した小さなポータブルランタンが、夕闇の中にぽつりぽつりと灯りを落としていた。

「……この一年、いろんなことがあったけど、最後にこうして集まれてよかったな」

 そう呟いたのは、まみだった。

 言葉こそそっけないが、マグカップを手にした指先は、どこかほっとしたように揺れていた。

「何度機体を壊して、何度落ち込んで……それでも、誰もやめなかった。信じ合って、最後までやり抜いた。それが、一番の成果だと思う」

 直也が真顔で語ると、亜里沙がうなずいた。

「うん、設計図も機体も、もちろん大事。でも、最初に描いた“人を救いたい”って気持ちを、全員がちゃんと最後まで持ってた。それが、たぶん一番難しいことだったんだよね」

「凛音の“ありがとう”って言葉、最初は機械的に聞こえたけど……今は違う。僕、何度も救われた」

 慎之介の声に、凛音は小さく微笑み、短く頭を下げる。

「私は……やっと“言葉”の意味を、実感できるようになった気がする。あのとき、琉叶くんとペアを組まなかったら、ずっと一人で計算してたかもしれない。……ありがとう、琉叶くん」

「お、おれも……ありがとう。いつも助けてくれて」

 そう答えた琉叶の頬が、冬の空よりもほんの少し赤くなる。それに気づいてか気づかずか、秋穂がぽつりと漏らす。

「……なんか、いい空気。もうちょっとこの時間、続けばいいのに」

 誰も何も言わなかったが、その静かな願いは、風の音に乗って夜空に溶けた。

 ふと、空を見上げた琉叶が、ひとつ提案する。

「ねえ、最後に一回、飛ばさない? ……ドローン」

 凛音が頷き、裕一がバッテリーをセットし、直也と亜里沙が調整を行う。

 そして、8人が静かに見守るなか、夜空へ――。

 白い蒸気の立ちこめる空気をすり抜けて、青いLEDを搭載したドローンが、高く、高く昇っていく。

 地上で手を振る慎之介に向けて、機体が小さくバンクして応える。

 亜里沙がそっと操作を譲った凛音が、慎重にスティックを倒しながらつぶやいた。

「これは……私たちの“灯り”」

 その言葉に、琉叶が続ける。

「来年もきっと、うまくいくとは限らない。でも、誰かを思って飛ばすこの光が、また誰かを導けたらいいなって……そう思う」

 その瞬間――ドローンの青い光が夜空を切り裂くようにして、真上へと駆け抜け、静かにホバリングを始めた。

 まるで、冬空にひとつ星を灯したかのように。

「来年も、また一緒に、やろう」

 直也の言葉に、全員がうなずく。

「“次は人命救助の現場で会おう”。それが、私たちの“再出発”だよね」

 凛音の言葉に、秋穂がつぶやく。

「うん、あたし……ちゃんと受け取ったから」

 そして、いつしか誰ともなく、同時に顔を上げた。

 夜空の向こうに、確かに“始まり”の匂いがした。

 未来は、まだ遠くて、まだ未完成で、けれど――この仲間となら、どこまでも歩いていける。

 青い光は、ずっとそこにあった。

 静かに、確かに、私たちの未来を照らし続けていた。

(第30話「大晦日、静かな光――エピローグ」/了)

(全30話完結)

――次なる挑戦は、きっとその先に。

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ブライトシーカーズ:街を救う少年少女探偵団 mynameis愛 @mynameisai

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