刹那のセツナ

[ノーネーム]

第1話『セツナ』

 寄せては返す潮騒を眺める。粉雪が降り落ち、海の中に消えていく。海鳥が入水し、半数ほどが戻らなかった。

 温和そうな少年が、それを見ながら白い息を吐いた。

 ──どうやら世界はまだ生きている。



 少年──伊藤結は口元をマフラーに隠しながら帰路につく。

 流し見で雑踏を行く人々を観察する。皆当たり前に学校に行き、仕事に向かっている。

 やはり世界はまだ、生きている。

 滅べと叫ぼうと、どれだけ願おうと、当たり前に日常は続く。


「……」


 冷たい空気に、晒されて、感覚が明敏になる。

 肌の感覚は鋭敏なのに、手足の感覚は鈍化している。

 十二月にもなれば当然か。


 下らないことを想っていると、家についた。一人暮らしの少年が住むアパートだ。当然みすぼらしい。

 結は風聞を気にするような性格ではないが。


「冷た」


 金属製のドアノブはビールジョッキ程──結は未成年ゆえに飲んだことは無い──に冷えていて、思わず口にする。

 扉を開けて、両手を摩擦しながら靴を脱いだ。


 台所に向かい、蛇口からお湯を出す。給湯器が仕事をするのを待ち、湯気が出てきたころに手を入れる。


「ふう」


 やっと一心地。両手の感覚が戻って来た。

 右手を開閉してみる。

 

「……」


 ヤカンを棚から取り出して、湯を沸かす。

 その間にインスタントラーメンを用意した。

 やることも無くなったので、電球を眺めながら湯が沸くのを待つ。

 暫くするとヤカンがピューと大きく音を鳴らす。


 慌てて火を止めて、ヤカンの湯をインスタントラーメンに注ぐ。

 蓋の上に箸をおいて栓をした。


「……」


 出来上がったインスタントラーメンをずずずと啜る。

 日本のインスタントは素晴らしいものであるが、毎日食っているとさすがに気が滅入ると、毎日思う。


「──旨いか?」


「いやそんなに……ぶふっ⁉」


 唐突に少女の声がした。

 反射的に応えたが、この部屋にはテレビは勿論、スマホもパソコン、果ては音楽プレイヤーもない。

 少女の声なぞ聞こえるはずがない。

 内心怯えながら、横を見ると八歳ほどの可愛らしい少女が頬杖をしながら結を見ていた。


「お、お前誰だ⁉」


 麺を吐き出しながら距離を取る。


「セツナ? セツナはセツナ!」


 少女が快活に応えるので、結はどうしたものかと首をひねった。よくよく考えれば、このような少女に怯えるなんて莫迦らしい。


「名前か? 名字は?」


「? セツナはセツナだよ⁇」


「いやだからな……」


 とぼけたことを言う少女に、青筋を立てる。面倒だし、警察を呼ぶか? とガラケーを取り出すが、ふと我に返る。


「あれ? これ俺が捕まる奴か?」


「……?」


 仮に警察を呼んだとしてなんと説明すればいいのだ? 自分の事を「セツナ」と名乗る少女が気づけば隣にいましたと? いいとこ誘拐犯にされるのが落ちなのでは?

 とうの少女はきょとんとしている。


「お前、一体どこから来たんだ? どうやって入ったんだ?」


 結の質問はセツナの腹の虫にかき消された。

 じとーとカップ麵を見ている。

 結は咄嗟に背に隠した。


 結の今日、唯一のご飯である。これを少女に与えたら、この後のバイトに身体が持たない。


「いやこれはだめだぞ! 俺のだ!」


「じとー」


「自分で言うな!」


 少女の眼力に押されて、結は渋々カップ麵を差し出した。

 少女の眼に弱いのだ。


「ありがと!」


 引っ手繰るようにカップ麺を取ると息を勢いよく麺を啜る。

 随分と旨そうに食べるな、とあきれてみる。


「うま~!」


「自分で言っているし」


 ふと時計を見た。六時を回っていた。このままだと七時のバイトに間に合わない。

 結は急いで支度を始めた。


「そのカップ麵食ったら家に帰れよ!」


「……?」


 起用に麺を啜りながら、首を傾げる小女。伝わっているのか分からないまま、アパートから飛び出した。

 


 交通整理のバイトを終えて帰ると──。


「おかえり~!」


「なんでいるんだよ!」


 当たり前のようにセツナが居て、涙を流しそうになった。もうへとへとなのに、これ以上疲れさせないでほしい。


「帰れよ……」


「……?」


「その〝わかりません〟みたいな顔するな!」


 なんとか家に帰さなければ、彼女の親族が警察にもう通報しているだろう。このままでは冗談抜きに逮捕案件である。


「家族が心配してるだろ?」


「セツナには家族はいないから、してないと思う」


「は? 父親か母親いるだろ?」


「……」


 少女は頭を振った。

 結は言葉を詰まらせた。どうして当たり前にるなんて思ったのだろう。自分だって両親はいないのに。

 少女の顔を見る。どうしてか、妹に重なった。


「施設から抜け出したのか?」


「施設? 違うよ、セツナは気づいたらここに居たの」


「……幽霊みたいなこと言うなぁ」


 正直幽霊なのではと思っている。鍵が閉まった部屋に、ぬるりと侵入し、家主に気づかれずに顔を見ているなんて普通の人間にできる訳もない。


「はぁ。こんな時間に、こんな子供を追い出すわけにいかないよな」


 時間はもう午前の零時を回っていた。そろそろ結も眠らなければいけない。

 少女もしきりに欠伸している。

 欠伸をするなら幽霊じゃないな、なんてとぼけたことを考えながら布団を敷く。少女を寝かせようと思い声をかけた。


「おい、セツナ。布団布いたからここで寝……」


 少女は座りながら、転寝していた。こくり、こくりと首を揺らしながら、セツナは眠っている。時折目覚めたかと思うとすぐにまた眠る。

 結は少女をやさしく起こさないように抱き上げる。

 布団に寝かさてから、結は段ボールを玄関から持って来て、それにくるまって寝るのだった。



──あとがき──


ノリで書き始めました。

不定期です。そんなに長くならないと思います。

良ければこちらも見てくだちぃ。


https://kakuyomu.jp/works/16818622173393325422



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

刹那のセツナ [ノーネーム] @1111000011110011110

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ