メリュジーヌは、銀色の繭を見つめながら、ぽつりと息を吐いた。
繭の傍には二人の少女が居た。
『天与の姫君』リーゼロッテ=フォン=アイネ。
もう一人はルージュ・アルシェン。
二人の少女は、最愛を失い、それを取り戻すために、この盃の湖畔に来ている。
彼女たちが現れてから、外の世界に合わせての時間だが、三ヶ月。
「ロア!」
「ロア‼」
眠る時間すら惜しんで、少年の名を呼び続ける。
其れほど焦っても仕方ないだろうに。メリュジーヌはそう呆れた。
「休ませた方がいいのでは?」
「ウィストリアか。そうは言うても、あの娘らが納得すまい」
アリスの侍女、ウィストリアが陳言するが、気高き妖精は困った顔をするだけだった。
「そう言えばさ、どうして、あの中のこが運命の人だってわかるの?」
アリスがメリュジーヌに訊いた。
「ん? それは私の眼が特別だからじゃ」
「特別?」
「うむ。そうじゃのぅ……暇潰しに昔話でもするかのぅ」
そういって、長き時を生きる妖精は語り始めた。
幼子に絵物語を語るように。
◇
――妖精メリュジーヌの本質は、|授与《あたえ》ることにある。
元来、湖に連なる妖精にはそういった性質があるらしいが、メリュジーヌからすれば、興味のない話であった。
メリュジーヌは他の妖精どもと違い、個として完結しておらず、他者に与える余裕はなかった。
〝妖精國〟がまだ世界と断絶する前は、その性質を求めて、多くのモノが尋ねてきたが、煩わしい以外の感想はなかった。
〝妖精國〟が世界と断絶されてからは、幾分ましになった。
まったく。
そんな暇はないのだ。
メリュジーヌは根源的に満たされない。
其の渇きは、魂のレベル――〝星振領域〟の欠如によるもの。
副作用なのだろう。
エルフヘルムは言っていた。
それも、大して興味はなかった。
彼女に必要なのは理由ではなく、〝魂の伴侶〟永遠の番たる雄なのだ。
だが、其の雄はどこにいるかもわからない。
いつ生まれるのか、はたまたもう誕生しているのか、其れさえ判然としなかった。
このまま見に徹していいのか、そう迷っていた時のことだった。
――その女が現れたのは。
「我らに、あなた様の眼をお貸しください」
黒髪の女は、図々しくもそう言ってのけた。
人間にしては随分と強い魔力を纏っていた。
「言いたいことは、多々あるが、我らとな?」
こくりと女は肯いた。
「我らは〝氷肌の娘〟。万物を凍てつかせる定めに囚われし一族です」
興味深げにメリュジーヌは目を眇めた。
「それが我が眼を貸すのとどう繋がる? まあ、生憎とこの眼が無ければ、私は欲するものを手に出来ぬ故、貸すことなぞ出来ぬがな」
もとより、自分に他者に与える余裕なぞないが。
黒髪の女は決然とした表情を見せた。
「我が一族は、魔法式――『|霜の園《ヨトゥン》』を身に刻まれています」
「……」
メリュジーヌにはその魔法に覚えがあった。
とある竜を屠った魔法だ。
「此の魔法は、一人の女性が降りかかる最悪を退けるため、愛おしいただ一人を生かすために産まれた魔法です。
故に、此の魔法は己の最愛を前に、牙をおさめる」
その最愛と出会わない限り、例外なく全てを凍てつかせる。
「我らには運命を見る眼が必要なのです!」
魔法式に同調して、彼女の眼を組み込めば一族全てに、その力が宿る。
その為に、黒髪の女は、膝をつき頭を下げた。
土下座というやつだった。
「あなた様も、お探しの人物がいらっしゃるのでしょう⁉ ならば我らの眼を通して、お探しください! この湖で待っているより、よほど利口です!」
「……!」
一理ある。
妖精は興味深げに言った。
「其方、名は?」
黒髪の女性は頭を上げ、泰然という。
「ココノエ――ココノエ・シズリに御座います」
くく。
咽喉で嗤う。
これほど興味をそそる人間は初めてだ。
「よかろう。よかろうよ。ただし、一族への貸し出しは、其方が生きている間のみだ、良いな?」
「ええ、感謝を……偉大なる妖精よ」
そうして、「氷肌の娘」に特異な妖精眼が授けられた。
この一連の出来事によって、一族は亡びず、細々とであるが、四百年の時を渡ることに成功したのだった。
◇
「――と、いう事があったのじゃ!」
とメリュジーヌ。
「姫様! はしたないです! 外の方々もいるのですよ⁉ せめて水着に着替えてください‼」
「え~? 皆女の子なんだからいいでしょ!」
「はじらい‼」
「あ~、うん。聞いてないな? 泣くぞ? 私のガラスのハートがボロボロじゃぞ? 慰めるのなら今のうちだぞ?」
メリュジーヌの訴えは、なにいってるんだろう? という二人のエルフの瞳によって封殺された。
ぐすん。
完全に拗ねた様子の妖精に、エルフの姫がしかたないなぁ、と一から話を聞き、やっぱり途中で飽きて、今度こそメリュジーヌが拗ねた。
騒がしい妖精たちの傍で愛しい少年の名を呼ぶ少女二人もいて、混沌としていた。
「やれやれ、ですね」
ウィストリアがそう溜息を吐く。
ロアが目覚める、ほんの一月前の出来事であった。