第9話 名を継ぐもの

記録:2025年1月8日

調査者:中沢 廉(記録者不明)

付記:この文書は、中沢氏の机上に残されていた手記と音声記録を元に再構成された。



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【決意】


2025年1月7日。

私は“あの影”と、向き合うことを決めた。


もはや影は、ただの影ではない。

私の名前を呼び、記憶を知り、声を持ち、形を真似ようとしている。


影は私を「自分」として完成させようとしていた。

だが、それは私自身を“消す”ということだ。


自我が上書きされる前に、終わらせなければならない。



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【儀式の再現】


古い資料にあった「供養札の正しい使用方法」を再現することにした。

ただし今回は、“名を刻む”のではなく、名を封じるために。


細長い木札を三枚用意し、それぞれに


1. 私の本名(中沢廉)



2. カゲシロ様



3. ハルカゼ

を、逆さ文字で刻んだ。




それらを順に埋め、三日三晩、誰とも言葉を交わさず、ただ沈黙する。

声を使わなければ、名を呼ぶことはできない。

それが“影との分離”だと、寺の老僧は言った。



1月7日の夜、私は札を埋め、部屋に戻った。



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【最後の夜】


影は、怒っていた。

言葉ではなく、形で語ってきた。


壁を這い、天井を這い、私の影の上に乗ってくる。

明かりを消しても、それは消えない。

光源に逆らい、影が「浮き上がる」。


そして、声が響いた。


> 「ワタシヲ、ステルコトハ、ユルサナイ……」

「オマエノ ナマエハ、モウ ワタシノナカニ アル……」

「オマエガシヌトキ、オレガ“ホンモノ”ニ ナル……」





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【手記の終わり】


翌朝、私は目を覚ました。

影は、床に戻っていた。動かない。ただ、少し大きくなっていた。


だが、それだけだった。


声は、もうしない。


札を埋めてから三日。私は誰とも話さなかった。

私の名も、あいつの名も、封じ込められた。


だが、私は忘れない。

「ハルカゼ」という名を与え、記憶したこと。

それがどんな“代償”を伴ったか。


誰かがまた、名を呼んだとき――

カゲシロ様は、再び現れるだろう。







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【補遺:2025年2月 某小学校 職員室内報告】


校庭の隅から、木札が3枚見つかる。いずれも土に埋まった状態で発見。


そのうち1枚の裏に、血痕とともに「ハルカゼ」の文字が逆さに刻まれていた。


校内で最近、「自分の影がついてこない」と言った児童が1名いる。


当該児童の発言記録に、以下の一文:



> 「夜の教室で、鏡の中に“誰かの影”が立っててね。

そいつが言ったの。“キミの名前をちょうだい”って。」





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カゲシロ様 ロロ @loolo

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