奇々怪々気分爽快

@hantehu0704

第1話 メリーさん

 窓を開けるとそこは肥溜めだった。

「なんで今時、肥溜めなんてあるんだよ」

 俺、業田煉(ごうだ レン)はぼやいてしまう。今は令和である、平成だって肥溜めなんてそうそう見なかった。それなのに裏の家の爺様が趣味でやってる農作業に使うとかで、馬鹿デカい肥溜めがある。

「臭すぎます!」

 そう文句を垂れるのは、首なし女子高生の幽霊『幽鬼霊子(ゆうき れいこ)』だ。ひょんなことから我が家に住み着いている。ある理由で首から上が切断されていて、ビジュアル面はなかなかにグロい。慣れれば可愛いかもしれないと思ったが、今のところそんな気配はない。

「早く窓を閉めてください」

「そうは言っても、コロナ以後は適度に換気をしないとなあ」

「換気しても臭い空気が入ってくるだけじゃないですか!」

 彼女には顔がないけれど、多分怒った顔をしていると思う。

「そもそも、顔がなのになんで匂いがわかるの?」

「そ、それは。多分なんかうまいことなってるんですよ!」

 そういうものか。まあ怪異なんて理解不能なものだし。

「早く窓を閉めてください! 頭がクラクラしてきました!」

「頭がないのに?」

 今のはちょっと可愛かった。

「もー! バカにしてないで早く閉めてくださいよ」

 多分顔があったらフグみたいに膨れて、真っ赤だと思う。

「そうだ。良いことを思いついたぞ。ここを草津温泉だと思えば良い。ほら、この香ばしい肥溜めの香りが。たちまち、硫黄泉の匂いに感じられて来るだろう?」

 俺は目を閉じて想像する。湯畑から立ち上がる湯気。足湯、温村卵、プリン、天麩羅。ああ、硫黄の匂いだ。

「冗談じゃありません! あなた、草津をなんだと思ってるんですか? もう、頭に来ました!」

「頭がないのに?」

 やはりちょっと可愛い。狙ったのではなく、素で言ってるのが。

「仕方ない、閉めるよ」

 窓を閉めた後もしばらくは臭い匂いがただよっていた。レイコも鼻をおさえていた。まあ実際は顔があったら鼻に相当するであろう場所の空気をつまんでいるのだけれども。

 不意に、スマホに着信があった。出ると女の声がした。レイコにも聞こえるように、スピーカーにしてみる。

「もしもし、私メリーさん。今、市役所にいるの」

「そうか。俺と君の婚姻届でも出すのかい?」

 無言で切られた。何も即切りしなくても良いじゃないか。

「冗談の通じない女だなあ」

「今のは誰でも切りますよ」

「レイコも? ゼクシィについてる特製の婚姻届にしてみる?」

「もー! 変なこと言わないでください」

 明らかに照れてる。真っ赤な顔を見れなくて残念無念だ。

「それより、なんですか今の女は?」

「出会い系で引っ掛けたメンヘラ女だよ」

「それが本当ならあなたも私と同じにしてやりますよ?」

「相思相愛になるってこと?」

「違います! 首を切断するってことです」

 分かってる、分かってるんだ。だからこそ、揶揄いたくなる。

「ジョークだよ。アレだ、昨日ゴミ捨て場で変な西洋人形を拾ったから。もう一度捨てておいたんだよ」

 そうしたら案の定電話がかかってきた。

「知ってるだろ君も。メリーさんって」

「まあ生前に聞いたことはありますけれども。なんかアレですよね。電話が来るたびにどんどん近づいてきて。最後にあなたの後ろにいます、ってヤツですね」

「そ、その通り」

 言い終わると、もう一度電話がかかってきた。

「あのー。電話代が安くなるプランがあるんですが?」

 俺は無言で電話を切る。するとすぐにまた、電話が来た。

「今ならウォーターサーバーが無料で」

 相手が言い終わらないうちに電話を切る。またまたすぐに、着信が鳴った。鬱陶しい。

「うるさいな! 激安プランもウォーターサーバーもいらないんだよ!」

「私メリーさん。今、郵便局にいるの」

 それだけ言うと電話が切られた。正直、申し訳ない。また着信だ。今度は番号を確認する。メリーさんだ。

「もしもし、私メリーさん。今、仙台で牛タンを食べてるの」

「迷惑電話が多すぎるんだよ。それはともかく。レイコ、このメリーさんおかしいのに気づいた?」

「ええ、近くに来るどころか。むしろ、どんどん離れてますね」

 そうだ。市役所から見て、郵便局は北側にある。ここは東京だから、仙台は言わずもがなである。

「もしもし、私メリーさん。今、北海道でいくらとうにを食べているの」

「畜生、うまいもん食いやがってからに!」

 何故だが無性に腹が立った。そもそも金はどうしてるんだろう。

「もしもし私メリーさん。今ロシアでボルシチを食べているの」

 戦争とか大丈夫なんだろうか。それはともかく、ますます距離が離れている。

「でも、ちょうど良いんじゃないですか? 離れていくなら、害はないですし」

「いやダメだ。マズい」

「なぜですか?」

 俺はおもむろに地球儀を手に取ると、レイコにドヤ顔で語る。

「地球は丸い」

 そうだ。このまま行くと、メリーさんは地球を一周して、我が家の反対側に到着することになる。

「てか、メリーさんめっちゃ早くないですか? それこそ、ジェットババアレベルかと思いますが」

「いや、もうワープしてるだろコレは」

 このままいくと次は。

「私メリーさん。今オーストラリアで、オポッサムを触っているの」

 また微妙なのが来たな。カンガルーやコアラではいかんのか?

「とにかくどんどん近づいているな」

その後も沖縄でハブ酒を飲んでいるとか、大阪でたこ焼きを食べたとか。観光をしながらドンドン近づいてきている。くそ、羨ましい。

「私メリーさん。今名古屋でスタバに寄ってるの」

「いや名古屋まで行って何故スタバ? 味噌カツとかエビフライ食べようよ。せめてコメダ珈琲にしようよ」

「どうでも良いでしょ!」

 レイコは呆れたような顔をしている。あ、顔はないんだった。

「私メリーさん。今、酒屋にいるの」

 ちょうど、俺の家の真南だ。来る。奴が来るんだ。

「良くないね」

「ええ、非常によろしくないですね」

 着信が鳴る。俺はそっと電話に出る。覚悟を決めた。

「私、メリーさん。今、あなたの家の裏に、裏に、おご! うぐ、な、何これ。お願い、たすけ」

 そこまで言うと電話が切られた。俺は恐る恐る、窓を開けた。メリーさんが肥溜めに沈んでいくところだった。ひどい悪臭がした。

「まるで地獄絵図だな」

 散々ワープとかしてたのに、肥溜めには勝てないのか。まあ、コレは誰でも無理か。

「お願い! 助けて!」

「なあレイコ。あそこに手を突っこむ勇気。ある?」

「いえ。面倒ごとには首を突っ込みたくありませんから」

 上手い。首がないのにね、座布団一枚。俺も同感だ。

「俺もまあ、100万円くれるって言われたら考えるかなあ。まあ考えた末に、やめておくけれども」

 俺は窓を閉めた。世の中には恵まれない人もいるもんだ。あ、人形か。

「これが本当のメリーバッドエンド。なんちって」

「全然上手くありません!」


次回、口裂け女に続く!

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