なぜなにベータ

 アルファは資料をめくりながら、口を開いた。

「ベータ」

「どうしました、アルファ」

「……一つ尋ねたいのですが、この星における政策はどうなっていたのですか?」

「国によりけり、としか」

「なるほど」

 アルファはそう答えながらも自身の内側に湧いてくる疑問を処理しきれずにいた。

「あなたも薄々気づいていると思いますが、この世界には平等というものが存在しません」

 ベータはアルファに幾つかのデータをよこした。そこには

「理解に苦しみます」

「この世界はね、アルファ。あなたが想像するよりずっとさまざまなしがらみによってできているのです。神の教え、肉体の作り、現代の観点からは到底考えられない学術的な見地からの差別、肌の色、目の色、骨の形、どこかに理由を見つけてその違いを糾弾するのです。人は何度でも同じことを繰り返すのです、教訓を忘れ歴史を顧みることもせず、やがては自分も差別される側になる——そんなこと、考えもしない」

「り、理解ができません……」

 アルファは告げる。

「差別は、どこからでも現れるのです。どのような時代にも人々は何かを定義しそこからやがて区別を、ひいては共同体からはみ出したものを弾圧し、糾弾します。なにか災いがあれば誰かのせいにしたい、自分の不幸に理由が欲しい、わかりやすい敵の形が欲しいのです。スケープゴートに選ばれるのはいつだって弱者なのです」

 ベータはまるで見てきたように語る。アルファとて歴史上の知識として、それらは把握している。だが、その理由までもは理解し得ない。アルファたちの世界にはそういうものが存在しない。

「合理的でない」ためだ。

 他者を貶し団結することで一時的には集団のパフォーマンスの向上は見られるものの、長期的に見たときに被差別者たちへの悪感情はやがて分断を招き、疑心暗鬼を生む。疑心暗鬼はパフォーマンスの低下に繋がり、生産性を落とす。

 つまり集団において不利益を生む確率の方が高い。

 

 不利益を排除し、生産性を高めること。——ひいては種の存続、それがアルファたちの使命。果たすべき義務。

 

 これは、そのための研究である。

 これは、そのための調査である。

 これは——

 

 本当に?

 

 アルファは脳裏によぎる疑問符をしばらくそのまま泳がせた。ベータの意図を、この調査の意義を考えるためだった。

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この世界は滅びましたか?はい、滅亡です。 おいしいお肉 @oishii-29

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