第11話「影踏み」


放課後の校庭は、人の気配が少なく、風の音ばかりがやけに大きかった。

砂埃に混じって、影がゆっくりと歩いてくる。


光は一足先にグラウンドの端にいた。

地面に引かれた白線を、足先でなぞりながら、空を見上げていた。


「今日は、こっちだったんだな」


影の声に、光は振り返らず答える。


「うん。ふと思い出したの。昔、ここで“影踏み”したことがあったなって」


「懐かしい遊びだな」


「……でもさ、今ふたりでやっても、意味ないよね」


「なぜ?」


「影くん、影が薄いから。……ううん、時々“ない”から」


 


影は少し黙った。


「それでも、追いかけることに意味があるかもな」


「踏めなかった影でも?」


「踏もうとしたという事実は、残るからな」


光は、砂の上に自分の影をじっと見つめる。


「さっき、変なことがあったの」


「なんだ?」


「グラウンドを歩いてたら、自分の影じゃない“誰かの影”を踏んじゃった気がして」


影はその言葉に眉をひそめた。


「誰か、いたのか?」


「わかんない。私の周りには誰もいなかった。でも、足元に“重なった”感じがした」


「……それ、本当に気のせいか?」


「たぶん。……でも、何かが“いた”気がしたの。私のすぐ後ろに」


 


風が吹く。

細かな砂が舞い、ふたりの足元をかすめていく。


影がふと、光の横に並んだ。


「もし、“誰かの影”を踏んでしまったなら、その影は何を思っただろうな」


「怒ったかな」


「それとも、泣いたかもしれない」


「……もしかして、笑ったかも」


「理由は?」


「やっと、誰かに気づいてもらえたから」


 


沈黙。

そして、影がゆっくりと口を開いた。


「光。……お前は、“踏まれたこと”はあるか?」


「え?」


「誰かに、無意識に踏みにじられた記憶は?」


光は少し考えた後、小さくうなずいた。


「ある、かも。でもね、あのとき私は“それに気づいてもらえたら、それでいい”って思ってた」


「……それでも、消える影もある」


「そうだね。でも、消える前に踏んでもらえたら、少しは救われるのかなって」


 


影は俯いたまま、何も言わなかった。


光は何かを察したように、ふと声を落とす。


「……影くんは、私に踏まれたいと思ったことある?」


「あるかもしれない。けど、もう遅い気もする」


 


グラウンドの向こう、誰もいない場所に、

ふたり分より多い“影”が一瞬だけ浮かんでは、すぐにかき消えた。


光はそのことに気づかず、笑った。


「私ね、ちゃんと踏めた気がした。……すごく、重たかった」


影は答えなかった。

ただ、ほんのわずかに頷いた気がした。


 


その日の影は、いつもより長く伸びていた。


そして――誰のものか、分からない影もひとつ、

静かに光の後ろを歩いていた。



【第11話・了】



次回予告(第12話)


「白いノート、黒いペン」

光は学校に落ちていた“白紙のノート”を拾う。だが翌日、そこには見覚えのない文字が綴られていた。

誰が書いたのか。自分が書いたのか。

言葉と記憶の境界が曖昧になっていく――。


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明と偽りのディアローグ kiichi @kiichi_AI

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