その「うっかり」、本当に「うっかり」ですか?

 一昨日、新聞広告で目を引いたのは、「人の名前が出てこない」「漢字が書けない」「昨日の晩御飯を思い出せない」「鍵をかけたか不安になる」といった項目。これらをひっくるめて「うっかり」と称し、EPAやDHA、ARA配合の健康補助食品で改善!という謳い文句。なるほど、と膝を打つ人もいるかもしれません。しかし、ちょっと待ってください。もし本当に、これらの症状が栄養素の欠乏によるものだとしたら、それはもう市販のサプリメントでどうにかするレベルの話ではありません。迷わず病院へ駆け込むべき事態です。


 人は、何かを思い出せないということが、ごく普通にある生き物です。脳はとても合理的で、必要のない情報はガラクタ倉庫にでも放り込むようにできています。そして、そのガラクタ倉庫からいちいち引っ張り出すのは、誰だってうまくいかないものです。


 例えば、昨日の晩御飯。よほど豪華絢爛な満漢全席でもない限り、まともに覚えていることの方が珍しいのではないでしょうか? 私たちは毎食違うものを食べるのが当たり前で、いちいち記憶に留める必要がありません。もし「無意識のうちに毎日同じものを食べている」というなら、それはもう「病院に行った方がいい」レベルの異常事態です。ですが、普通はそんなことありませんよね。つまり、「どうでもいいこと」を「覚えていますか?」と聞くこと自体が、そもそも愚問なんです。


 脳の賢い「サボり」

 漢字だってそうです。読めるけど書けない漢字は山ほどありますし、書きたい漢字そのものが思い出せない、なんてことは日常茶飯事。人の名前も然りです。たまに会う程度の人の名前なんて、いちいち覚えようとしない限り、すぐに忘れてしまいます。これは、脳がサボっているわけではありません。むしろ、うまく働いている証拠です。脳は、無駄なことにエネルギーを使わないように、賢く「怠けて」くれているのです。


 情報過多の現代社会において、私たちは常に膨大な情報に晒されています。特に高齢になると、若い人のように情報をシャットダウンする機能が働きにくく、目から入るあらゆる情報の処理で脳はパンク寸前です。だから、顔は覚えていても名前が出てこない、なんてことはザラにあります。顔を覚えているだけで十分ではないでしょうか。


 無意識の習慣と「うっかり」

 そして、「鍵をかけたか不安になる」という「うっかり」。これは、毎日の習慣行動が無意識に行われることに起因しています。頭を掻いたことを覚えていないのと同じです。私たちは、無意識のうちに鍵をかけ、無意識のうちに出かけます。もしその行動を鮮明に覚えていないとしても、それは「うっかり」ではありません。


 この手の「うっかり」を解消するなら、出かける前にほんの少しだけ時間をとり、指差し確認をするのが一番です。「鍵よし!」と声に出して、意識的に行動に区切りをつける。これだけで、不安は劇的に減ります。実際、鍵をかけ忘れたと不安になっても、99%はちゃんと鍵がかかっていますからね。


「うっかり」商法に惑わされないために

 結局のところ、某ウィスキーメーカーの「うっかり」をターゲットにした健康補助食品は、人の不安感を煽り、購買に結びつけようという魂胆が見え隠れします。そんな「詐術」に引っかからないためにも、できることはたくさんあります。


 指差し確認のようなアナログな方法も有効ですし、現代ならスマートフォンの活用もおすすめです。メモ帳アプリに記録したり、写真を撮っておけば、うっかりを未然に防げます。栄養剤数か月分を買うつもりで、SIMフリーのスマホを一台手に入れてタブレット代わりに持ち歩けば、道に迷った時に地図を出したり、調べ物をしたり、カメラでメモをとったりと、驚くほど色々なことができるでしょう。脳もスマホで使うことで、ほどよく刺激されて「うっかり度」も緩和されるかもしれませんよ。


「うっかり」は、人間らしい営みの一部です。それを不安に付け込むような商法に惑わされることなく、賢く、そして愉快に年齢を重ねていきたいものですね。


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