小者の矜持にある感情の残響と実践の壁

「まただ。」その言葉は、喉の奥にへばりついていた。つい先ほど、些細ささいなことで感情をぶちまけてしまったばかりの自分に、冷水を浴びせかけられるような感覚。心臓は不規則に脈打ち、ほおは熱い。頭の中ではもう一人の自分が、忌々しげに舌打ちしている。「お前は本当に、どうしようもない小者ばかだな。」


 余裕の腹芸なんて、夢のまた夢。頭では「大人として優しく、些細なことでは感情を揺らさない」と理解しているのに、一度スイッチが入れば、言葉は感情の濁流に乗って、無秩序に流れ出す。そしていつも、それが終わった後で、深く後悔する。気づけばいつも、後の祭りだ。この、分かっていながら止められない自分。まさに、唾棄すべき存在。心底、嫌いな自分だ。



「分かっているのにできない」。このフレーズほど、自分をさいなむものはない。頭でどれほど完璧な大人像を描いていても、いざ現実の場面に直面すると、感情の波に身を任せてしまう。それは、自分に対する甘えなのだろうか。矯正しようと努めているはずなのに、一向に治りきる気配がない。まるで、手綱を握り損ねた暴れ馬だ。


 もっと情けないのは、その感情のコントロールの矛盾だ。日常の些細ささいな出来事、例えばコンビニの店員さんの言葉遣いが少し気になったとか、友人の何気ない一言に引っかかったとか、そんな取るに足らないことで、一瞬にして感情的になる。心の中で反論し、時には言葉に出して、場の空気を凍りつかせる。


 ところが、本当に声を荒げるべき場面、例えば理不尽な要求をされたり、自分の意見を明確に主張すべき状況では、なぜか冷静沈着になってしまう。まるで、感情のせんが壊れてしまったかのように、必要な時に湧き上がらず、どうでもいい時に溢れ出す。


 かつて、「女子と小人しょうにん養いがたし」という言葉を耳にしたことがある。女子に対しては現代ではこのような言い方は大変失礼な話だが、この言葉が作られた時代はほとんどの女子に対しては啓蒙諸教育がなされてなかった故に出来た格言なのだけど、私の場合、まさにその「養い難い小人」そのものだ。怒るべき時に黙り込み、どうでもいい時に反論する。この歪んだ感情のくせは、一体どこから来るのだろう。自嘲にも似た問いが、いつも頭を巡っている。



 感情をりっすることの難しさは、誰もが知るところだろう。「人は聖人君子ではない」と、よく言われる。確かに、世の中に完全無欠の人間などいるのだろうか。しかし、私は思うのだ。人の心根には、誰しもが聖人君子のような、清らかな理想を宿しているのではないかと。問題は、それを現実でどれだけ実現できるか、あるいは実現に向けてどれだけ努力し続けられるか、ということにある。


「分かっている」ことと「実行できる」ことは、全く異なる。頭で理解している知識や、理屈として納得している概念は、現実の行動に落とし込まれて初めて、本当の意味で自分のものとなる。では、この**「実践と理解」**は、どのようにして深く結びつくのだろう。ある日突然、雷に打たれたように悟りが訪れるものなのか。おそらく、そうではない。


 私のような情けない人間、自分を「唾棄だきすべき存在」だと自覚する者にとっては、その「唾棄すべき自分」の存在を深く知ることが、きっと最初の一歩になる。その醜さ、不器用さ、矛盾と向き合うこと。それが、実践への、そして本当の理解への、唯一の道筋なのだろう。


 社会の中で生きていく上で、感情のままに振る舞うことは、対応能力の低さを露呈ろていする。それは、経験値の不足に起因するのかもしれない。様々な状況に身を置き、それぞれの場面で最適な対応を模索する。痛みを伴うかもしれないが、そうして一つずつ、経験値を積んでいくしかない。



 私は、誰からも好かれる八方美人になりたいわけじゃない。――いや、これは建前だ。本心を言えば、出来れば誰からも好かれたい。穏やかで、人に優しく、どんな時も冷静沈着。そんな理想の自分に、本当はなりたいのだ。それなのに、つい感情で言葉を紡いでしまう自分は、やはり社会の荒波を乗りこなすには未熟なのかもしれない。


 残念ながら、私はこの「唾棄すべき自分」を、完全に唾棄することはできないだろう。いや、するべきではないのかもしれない。この矛盾を抱え、内なる葛藤の中で、死ぬ間際まで生きていくことになるだろう。


 それでも、この文章を書かずにはいられない。自分の中の「唾棄すべき自分」と正面から向き合い、その存在を認めながらも、決して立ち止まらない。少しでも、ほんの少しでも、前のめりになって生きていきたい。その小さな一歩が、いつか、誰かの心に響くような、そんな自分になれることを願って。


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