第26話 欲望の神・禍創夜

 髪切りの手には、無数のハサミが何本も携えられていた。彼は、そのハサミを采女たちに向けてにやりと笑う。


「神々の秩序など、所詮は古びた檻だよ采女うねめ。世界は常に変化している。新しいものを作り出すべきだろ?その結びの力を、古臭い髷のしがらみで縛り付けるつもりかい?」


 髪切りの吐き捨てるような言葉が、采女にぶつけられる。いつのまにか、風が吹き始めていた。彼女の結い上げた髪を嬲って、熱風が草木の間を通り抜けて行く。

 三鴉族たちが、片手に持っていた槍を構えて背中の翼を広げた。


采女うねめには指一本触れさせん!」


 猛雄たけおが、咆哮と共に髪切りに向かって灼熱の炎弾を放つ。涙月なるみがその後ろから、炎の間を縫うように水の刃を髪切りへと飛ばして切りかかった。


「ハハッ!おいでなすったね!」


 髪切りが嘲笑と共にその攻撃をかわす。三鴉族たちが髪切りに飛び掛かる。采女は、畏見の元へ走り出した。


猛雄たけお涙月なるみ、後は任せたよ!」


 言いながら、采女うねめ畏見かしこみの手を取った。


畏見かしこみ!」

采女うねめさん!」

禍創夜まがつやの元へ案内して!」


 畏見かしこみは震える手で采女の手を握り返すと深くうなずいた。そして、彼女を伴い走り出した。


「行こう、采女さん!」


 畏見は、自身の恐怖を押し殺し、荒れ狂う密林の中を先導した。采女は、畏見の細い手を握りしめ、彼の後に追随した。

 背後からは、猛雄と涙月の激しい応戦と、髪切りの嗤い声、そして空間が引き裂かれる音が響いてくる。

 猛雄と涙月が髪切りの攻撃を受け止める。猛雄の炎が紫の空間の裂け目を焼き焦がし、涙月の水の刃が髪切りのハサミを弾き飛ばす。しかし、髪切りの空間を操る能力は強力で、彼らが一歩引けば、即座に新たな裂け目が生まれては消えた。

 采女と畏見は、髪切りの放つ視線のような攻撃を躱し、無秩序に成長した植物に阻まれながらも、必死に進んだ。彼らの足元を、暴走した根が這いずり、巨大化した花弁が頭上から崩れ落ちてくる。

 畏見は、采女を守るように腕を翳して進み続ける。神殿はもうすぐだ。

 引き裂かれた空間を避けて、植物の根を飛び越え、畏見と采女が神殿の扉の前に辿り着く。

 そこは、密林の中心部だった。そこだけぽっかりと空が見えて、陽の光が差し込んでいる。畏見が持っていた短刀で、扉に絡みついた草の蔓を切り始める。采女も夢中で草を払った。やがて、扉の取っ手が見えてくる。


「采女さん!」

「うん!せーのっ」


 采女と畏見が、取っ手を持って両開きの神殿の扉を開ける。

 重だるい、掠れた音を立てて、扉が開いて行く。扉に、人一人通れそうな隙間が出来る。


「采女さん!行ってください!」

「分かった!」


 采女は、その隙間に身をこじ入れて神殿の中へと転がるように入り込んだ。

 素早く顔を上げて、神殿の中心を見据える。

 そこには、緑色の、得体の知れない草の塊のようなものが鎮座していた。


禍創夜まがつや!」


 采女うねめは、その緑の塊に向かって叫んだ。

 禍創夜の姿は植物と一体化して、周囲の生命力に埋もれたまま広がり続けている。

 彼の長い髪は、意志を持った蔦のように周囲に絡みつき、地面には異常なまでに巨大化した果実が転がり、腐り落ちては、すぐに新たな芽がそこから噴き出していた。

 空間全体が、生命の誕生と死滅のサイクルを狂ったように繰り返している。


(これが、禍創夜の力なの……!?)


 世界をより良くしたいと言う、創造の衝動。それが、髷の乱れによって暴走し無秩序に繁茂している。


「髷、結ってあげなくちゃ……!」


 采女は、そうひとりごちると禍創夜に向かって走り出した。

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髷恋五結譚(旧題:髷に恋した私が五柱の男神に溺愛されながら髷結って世界を救う) アガタ @agtagt

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