第30話 陰の勇者

 どれだけの時間が経ったのか、空には星が輝いていた。ふと隣を見るとブラッドが手摺にもたれ掛っていた。


「漸く気付いたか、たわけ。魔素感知を怠るなと言っているだろ」


 ブラッドが手を上げる。叩かれると思ったが、ブラッドはその手を優しく下ろし、僕の頭に乗せる。


「なんてな。私に気付かない程考え込んでいたようだが、何を考えていたか私に話してくれないか?」


 月明りが金糸のようなブラッドの髪を照らす。宝石のように美しい金銀妖瞳ヘテロクロミアが僕の目を真っ直ぐ見つめる。


「僕はクラスメイトを殺しました。彼らは一ノ瀬を殺そうとしていた。でも、殺そうとしていただけで実際には何もしていません。僕は何の罪も無い人間を殺した。僕の手は汚れている。僕はもう戻れない。なら、進むしかない。この世の悪を滅ぼし、僕は、僕の理想を果たす」

「お前は本当に世話の焼ける弟子だな」


 ブラッドは溜息を吐くと僕の手を取る。


「どの手が汚れてるって? 男の手とは思えない程綺麗な手じゃないか。羨ましいくらいだ。お前の手が汚れているというのなら、私の手はどうなるんだ」


 ブラッドは揶揄うように笑う。陰の任務で多くの人を殺して来たのだろう。僕の何倍も。しかし、


「貴女が人を殺して来たのはカトレア殿下の為でしょう。僕は違う。僕はカトレア殿下に忠誠を誓っている訳では無い。僕は、僕の為に馬淵達を殺した! 僕はただのクズだ! 滅ぼされるべき悪は僕だ!」


 声を荒げる僕の手をブラッドは優しく包み込む。


「お前は私のこの眼を綺麗だと言ってくれたな。そんな事を言ってくれたのは、お姉様の他にお前だけだ。親すらも気味悪がったこの眼を、お前は綺麗だと言ってくれた」


 ブラッドは僕の胸にそっと手を添え、大きく深呼吸する。


「お前が自分をクズだと罵るのなら、私がお前を讃えよう。お前の手が汚れていると言うのなら、私がその手を取ろう。お前がその身に血を浴びるのなら、私も共にその血を浴びよう。お前が傷付きながらも前に進むと言うのなら、お前が行き付く先まで共に歩むと誓おう」


 真っ黒の空間。そこにブラッドが現れる。その周りは優しい光に包まれている。黒い空間が白く塗り潰されていく。


「ナイトは導く者と言っていましたね」

「ああ」

「僕の導く先は地獄かもしれませんよ」

「構わないさ。私は何処までもお前と共に行く」


 ブラッドは僕を強く抱きしめる。優しい温もりが体を包む。

 カトレア殿下の魔法も通さなかった僕の体、その奥にある心を温かな光が包み込む。



 勇者とは何か。それは、困難に立ち向かい、世界を変えた者。そう、勇者とは新たな世界を作った者だ。

 一ノ瀬は魔王を倒し、平和な世界を作る、光の勇者だ。そして、僕は光の陰に潜む悪を滅ぼし、陰の世界を作り変える、陰の勇者となる。

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クラスで唯一魔法の使えない僕は王女殿下のお気に入りになりました 結城ヒカゲ @hikage428

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