私の特技は念カです

田中U5

私の特技は『念カ』です

「マネージャー、バイト面接の女子高生、もう来てますよ」

 言われて、シャツのボタンを外し始めた手を止める。

 そういうことは、早く言ってよね。

 すでにタイムカードを押しており、時間外労働は確定だった。どうせ残業手当はつかない。俺が働いているのは、家族経営の庶民派洋食店から成り上がったファミレスチェーン。外面はいいが、実態はブラック。その一支店のフロアマネージャーだ。よそのチェーン店が配膳ロボットの導入を行っている中、うちの経営陣は未だに、人材の育成を通して社会に貢献を、などと抜かし高校生らを最低賃金で働かせようとしている。

 俺はそんな上層部への不満を抱えながら、休憩室とは名ばかりの狭苦しい部屋のドアを開けた。

 女子高生は長机を前にして、ちょこんと座っていた。俺を見てお辞儀をしようとするが、部屋が狭すぎて椅子を引いて立つこともできず、ふらつきながら中途半端にぺこりと頭を下げた。そしてふたたび椅子に着席する。緊張しているのか、なんだか視線が定まらず、天井を見上げたり壁を見つめたりしている。

 その落ち着かない様がなんだか、水族館のペンギンを連想させた。

 着ているのは学校の制服だろう。白と黒のセーラー服で胸元には黄色のスカーフ。それもまたペンギンぽい。黒髪ショートと飲食業としては理想的な清潔感のある髪型だが、くせっ毛なのか、頭の両サイドの毛束がぴょこぴょこと飛び出していて、それがさらにイワトビペンギンを思わせる。

 以上のことから、俺は、彼女にペンギンと、あだ名をつけていた。心の中で。

「それでは面接を始めます。結果がどうでも、必要以上に落ち込まないようにね」

 そう説明し、腰を下ろすと机上にあった履歴書を手に取った。氏名生年月日、住所に学校名と、順番に目を通し、記入漏れはないか確認する。書類すらまともに書けないようであれば、この時点でふるい落とすつもりだ。

 だが履歴書を眺めているうちに、特技の欄に目がとまった。

「あの、ここに『念力ねんりき』って書かれてるけど、どういう特技?」

「え、そんなこと書いてません」

「いや、ここに書いてあるじゃない、ほら」

 俺は履歴書の特技欄を指さす。

「あ、これ、念力じゃないです」

「え?」

「念カです、『ネンカ』。力じゃなくてカタカナのカ」

「ねん……か?」

 聞き慣れない言葉だったが、彼女は常識ですよ、と言わんばかりの表情である。

「そう言われてもなあ。具体的にはどういうことができるの?」

「カっているじゃないですか。夏になると飛んでて、血を吸ったりする」

「もしかして、蚊のこと? 虫の?」

「それですそれです。私って、強く念じると、そのカを出せるんですよね」

「まだちょっとわからないんだけど、どういうこと?」

「えっと……時間いいですか?」

「まあ三分ぐらいなら」

「あ、そんなにかからないです。十秒ぐらいで。その間は黙りますけど、別に面接に対して反抗的な態度をとってるわけじゃないですから」

「うん、わかるよ」

「じゃ、いきますね」

 言うなり彼女は大きく口を開け空気を吸い込んだ。息を止めると頬を膨らませ、んっと息んで顔を真っ赤にさせる。十秒ほどそのままだったが、やがて長く細い息を吐いた。

「どうですか?」

 少し上がった息でそうたずねる。顔は赤いままだ。心なしか髪の毛が、さっきよりもはね上がっているように見える。

「なにが?」

「飛んでません? カ?」

 私は周囲に耳を澄ませた。すると、かすかにブーンという音が聞こえてきた。そして一度聴き取ってしまうと耳鳴りのように頭にこびりついて離れなくなった。たしかに蚊の羽音だ。それが近づいたかと思えば遠ざかり、聞こえなくなったかと思えばまた耳元で鳴り始める。実に鬱陶しい。音の方向を目で追うが、姿は見えない。

「もしかして、これが、念カってこと?」

「はい。けっこうウザくないですか?」

「うん、すごいウザい。止めてもらえる?」

「あ、それはちょっと、自分では無理っていうか……」

「ええ……困るよ」

 と、ちょうど頬のあたりに音が近づいたので、反射的に手で叩いてしまう。

 パン! と破裂音が響いたが、それでも音は止まない。

「あ、念で生み出したカだから、実体はないんです。血を吸ったりはしないので、安心して下さい」

「うーん……」

 俺は彼女の、せっかくの特技を、なんとか業務に活かせないものか思案していた。そうだ、ドリンクバーで長居をしている客に念カとやらを使えば、鬱陶しくなってさっさと出て行くのでは。

 そんなことを考えていると、羽音のせいか腕に痒みを感じ始めた。

 いや、痒い。実際に痒い。

 見れば右の前腕に、ぽつりと小さな赤い腫れがある。

「あのさ、君の念カって、血を吸わないんだよね」

「はい」

「じゃあ、これ、なんだろう。すごく痒いんだけど」

 俺は蚊に刺されたと思しき箇所を見せる。

 彼女は顔を近づけてじっと見つめると、こう言った。

「ああ、さっき本物も飛んでいましたから」

 そういうことは、早く言ってよね。


【了】

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