エピローグ
第26話 本読紗夜子と城戸鷹千代
城戸鷹千代と本読紗夜子は、捜査委員の本部のある建物で報告書を作成していた。
これまでの事件についての内容をまとめて、明日までに担当の教師、
城戸はイスから立ち上がって、部屋の隅にあるシンクに向かった。
「コーヒー淹れるけど、本読もいるか?」
「ええ、ありがと。ほしいわ」
ミルで豆を挽き、フィルターによそって熱湯を注ぐ。
泡が立っておさまった頃合いを見計らって、また熱湯を注ぐ。
何度か繰り返してコーヒーを抽出した。
「ぐっ、濃いな。すまん」
「そお? わたしはこれくらいでちょうどいいわよ」
夜の本部、ふたりだけでパソコンに向かい、キーボードを打ち続けた。
静かな時間がゆったりと過ぎていく。
「こうしてると」
作業の手を止めず、本読が話しかけてきた。
「こうしてると、小学校の頃を思い出すわね」
「こんなことあったかな」
本読とは小学校の同級生だ。
何度か同じクラスにもなっている。
「あったわよ、ほら、放課後にふたりだけで勉強してたじゃない」
「ああ、そう言やそうだった」
そう、たしか一時期こうやって、ほかに誰もいない教室で、本読とふたりだけで机に向かって勉強をしていた。
よく本読からイチゴ味のすぐ割れる飴をもらったことを覚えている。
「わたしさ、あの時間、けっこう好きだったのよね。ひとりだけだと寂しくて。でもふたりだと心強いし、ライバル心が沸くし、気分転換にお話もできるし。ねえ城戸くん、小学生のわたし、どうだった?」
「どう? どうって」
「勉強ばっか、本ばっかで、鼻持ちならないとか」
「いや、そんなこと思ってなかった」
「周りの空気読まずに好き勝手振る舞って、迷惑なやつだなぁ〜、とか」
「思ってなかったって」
「そ? じゃあどう思ってたの?」
「物静かで、思慮深い……」
「陰キャだった?」
「いやいや、そんなこと思ってない」
本読紗夜子は、初恋のひとだ。
物静かで、思慮深く、そして愛らしい天然さを持つ彼女に憧れた。
それを今ここで口にする勇気はない。
小学校を卒業してから、本読とは少し離れることになった。
この隔離学園と称される『ウォルンタース』で再会したとき、どことは言えないが大きく変わったように思えた。
言うなれば大人びたというところだろうか。
「わたしね、昔はよくひとのおせっかいを焼いていた気がする」
「ん……」
「いろいろ説教みたいなこと、言ったりして。思い出すと恥ずかしいわ。えらそうにそんなことしちゃって。同じ小学生なのにね」
城戸は身を起こして向き直った。
本読が自分の昔の話をするのは珍しいことだった。
「そうだったかな。どちらかと言うと、本読はみんなに世話されるほうだと思っていたが」
「そうね、城戸くんにも助けてもらったわね。でもそういうことじゃなくて、自分から進んですることについて、よ」
本読はイスを動かして城戸のほうへ向いた。
顔はうつむかせて、目線は足下を見ていた。
「でももう、それはやめたの。いろんなひとのおせっかいを焼くんじゃなくて、代わりにたったひとりの頼みをたくさん聞いてあげようって思ったの」
「それはまた、どうして」
聞かれて本読は、ハッと口を押さえた。
「そう、そうね。あるとき、あるひとに言われたの。『生き方を変えたら』って。……そう、それだけよ……それだけ」
「頼みを聞くの、おれでよかったのか」
「うん。たったひとりを選ぶなら、わたしにとって大切なひとがいいって思ったの。あ、べつに変な意味じゃない……のよ」
「わかってる」
自分たちは相棒同士、同僚だ。
城戸にはもう、かつて抱いた気持ちは残っていない。
城戸は本読紗夜子を見た。
本当に、ずいぶん変わったと思う。
外見は大人びて、性格は落ち着いて、昔のようにはしゃぐことはなくなって、そしてあまり助けを求めないようになった。
会わなかった約三年の間に、いったい何があったのだろう。
ふふ、と微笑んで、本読はポケットをまさぐった。
イスをずらして城戸に近寄り、「はい」と手に何かを持たせた。
手を開いてみると、包装紙に巻かれた飴があった。
「覚えてる? 飴、いっしょに食べたわよね」
言って自分の分の飴の包装紙をはがし、口に放り込んだ。
城戸もくるくる回して包装紙を取って中にある飴を口に入れた。
……梅味だ。
「懐かしいわね」
「ああ、うん」
口の中に、ほんのり酸っぱい甘みが広がる。
本読紗夜子は、昔とはまた違った形で大切な存在になっている。
まったく同じ気持ちでなくとも、本読にとっても自分が大切だというのなら、それはとても幸せなことだと思った。
捜査委員 城戸鷹千代 学園ミステリ版 るかじま・いらみ @LUKAZIMAIRAMI
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