金曜日 仕事終わり
ボーズ
第1話
月曜日から金曜日まで、私はただひたすらに働いた。机上のパソコンと睨めっこする日々。上司の無理難題、部下の些細な過失、そして客からの不満の応対。波濤のような一週間を乗り越え、ようやく辿り着いた金曜の夜だ。明日からの二日間の休日が、私を待っている。
職場を出ると、私はいつもの居酒屋へと足を進めた。ここ数年、金曜の夜は決まってここに立ち寄る。妻には、「寄り道していく」とメッセージアプリで伝えてある。夫婦仲は悪くない。むしろ良好な部類に入るだろう。それでも、家に帰る前にこの小一時間、私だけの時間が欲しかった。
店は路地裏にひっそりと佇む。暖簾をくぐると、香ばしい焼き鳥の匂いがふわりと鼻をくすぐった。カウンターの隅に腰を下ろす。いつもの場所だ。おしぼりで手を拭きながら、まずはビールを一杯と、お通し。冷えたグラスが、一日の疲れをじんわりと癒していく。
最初の注文は決めている。ねぎまともも、いずれもタレで。焼きたての熱い串を頬張る。口いっぱいに広がる鶏肉の旨みと、甘辛いタレの香ばしさ。ああ、これだ。これこそが、この一週間、私を支えてくれたものだ。ビールを飲み干し、次に注文したのは、二杯目のビール、砂肝と皮を塩で。コリコリとした砂肝の歯ごたえ、香ばしく焼き上げられた皮の脂の旨み。二杯目のビールがみるみるうちに空になっていく。
さて、ここからが本番だ。冷酒を注文する。キリッと冷えた日本酒を一口。米の香りが口の中に広がり、すっと喉を通っていく。つまみの串は、しし唐、シイタケ、うずら。そして、箸休めに塩昆布キャベツ。シャキシャキとしたキャベツと塩昆布の組み合わせが、なんとも言えない。熱々の串料理を挟みながら、ゆっくりと酒を味わう。
日本酒が残り少なくなった頃、私は店主に声をかけた。
「大将、持ち帰りの焼き鳥を。内容はお任せで」
店主はにこやかに「あいよ」っと、慣れた手つきで焼き鳥を包んでくれる。香ばしい匂いがさらに強くなり、いかにも美味しそうだ。家族にも好評で、これまで一度も外れがない。どんな組み合わせになっているのか、家に帰ってからの楽しみだ。
心地よい酔いが全身を巡るが、意識ははっきりとしている。足取りも軽く、まっすぐに家へと向かった。玄関を開けると、娘の「おかえりー」という明るい声が聞こえる。反抗期も、ようやく落ち着いてきたようだ。妻も奥から顔を出す。
「おかえりなさい。いい匂いね」
明日からの休日は、妻と娘が主導で計画を立てているはずだ。私はただそれに従い、家族サービスに徹するのみ。それが、私にとって最高の休日なのだ。
金曜日 仕事終わり ボーズ @namakokokinoko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます