第32話 最終話 どうやら「あたし」の青春は、青くないようです!

 突然の雨に降られた紫苑たちは、びしょぬれのまま電車に揺られ、命からがら帰路につく。


「結構濡れちゃいましたね……」


 紫苑は慣れないことをしたせいで、もうフラフラのゲッソリだ。


 幸い、夕立だったらしく、電車を降りたころにはすっかり雨もやんでいた。


「あー。疲れた……」


 優斗はミルクティー色の髪をかき上げる。雨に濡れて、水も滴るいい男というのはこのことだろうか。

 恋心を自覚してしまった紫苑は、少し気まずくなって目を逸らす。そのとき気づいた。

 優斗の耳にピアスがついていないことに。


「藍野さん、ピアスやめたんですか?」


 なんとなく訊いてしまうと、優斗がピアスの穴のあとが目立つ耳たぶを触る。


「ああ。元々、嫌々つるんでた奴に持ち掛けられたことだし。似合わない?」

「そんなことないです。ついてない藍野さんの方が……」


 好き、と言いそうになって慌てて口をふさぐ。


 紫苑が口をつぐんだことで、なんとなく気まずい雰囲気になる。



 雨がやんで、雲の合間に青が覗く。だが薄く伸びた雲は夕日に照らされオレンジやピンクに輝いていた。




 二人でフラフラと歩いていたら、家が見えてきた。

 少し外出しただけなのに、大冒険をして帰ってきた気分だ。


「帰ってきたな」

「はい」



 紫苑が優斗にそう返事をすると、優斗の家の扉がガチャリと開いて、一人の少女が出てきた。


「お兄ちゃん! 結構雨降ったけど、大丈夫? だから傘持ってけって言ったのに」


 黒髪ロングの少女は、前髪が長い。それが目元に影を落としていて、その肌の白さも相まってなんとも幽霊っぽい。

(あれ、この人、どこかで見たような……?)


 思い出されるのは、公園の東屋。優斗の腕に抱き着いていた、少女。


「え、後輩彼女……」


 紫苑はそうつぶやいてしまったあとで、しまったと口をつぐんだが、しっかりと聞こえていたらしい。


 優斗と少女が同時にこちらを向く。


 よく見ると、目鼻立ちが似ていた。


「え? 妹だけど」

「兄がいつもお世話になってます」

「え、え、えええ!」


 紫苑は仰天した。


「え、藍野さん、だって、彼女いたんじゃなかったんですか⁉ しかも二人……あ」

(またしくじった!)


 紫苑は両手でバッと口をふさぐ。また余計なことを言ってしまったような……。


 すると優斗はぴくっと眉を上げて、紫苑を見る。


「は? 俺、彼女なんていないけど。しかも二人ってどういう……?」


 不味い。怒らせたかもしれない。


「いやいや、だって藍野さん、学校の門の前で美少女と待ち合わせしてたじゃないですか! あれ彼女じゃないんですか⁉」


 すると優斗は、「あー」と額を押さえた。


「あれは、ただのクラスメイトだよ。委員会の買い出しに付き合ってた」

「はー……へー……」


 紫苑はやっと状況を理解し、ゆるゆるとうなずく。

 何だか安心したような、気が抜けたような。


 じゃあ、今までの、紫苑による優斗の彼女最優先思考は何だったのか。


「星名。俺は彼女なんていないし、二股もしてない! それだけは分かってくれ」


 優斗が疲れたようにじっとりとこちらを見つめる。


 今までの勘違いが恥ずかしくて、紫苑はそそくさと家に帰った。


 家に帰ると、桃子と紅里が何をしていたのか問い詰めてきたが、疲れまくっていたので、「ごめん、明日にして」と早々と布団に入った。



 紫苑は、今日あったことを、頭の中で反芻する。

 いろいろありすぎて、わけが分からなくなりそうだ。


 でもきっと、素晴らしい日だった。



***



 気が付いたら、朝になっていた。


 ぼんやりとした頭のまま、ベッドから出る。


 体が、少しだけ思うように動かなくて嫌な予感がした。


 正面に見えるのは、勉強机。その上に乗っているのは、数学のスクーリングが不足した二時間分を産める、嫌がらせ課題。もう単位は落としているので、やってもやらなくても……と思うが、数学教師に悪い心証を与えたら困る。


(期限は六月中……。今日は、六月二十八日⁉)


 紫苑がカッと目を見開き、頭を抱える。あと二日しかないではないか。


 ふらりとよろめく。昨日の疲れが取れていなくて、体がだるい。ちょっと芯熱がある。これから寝込む道まっしぐらだ。


 この自分の滞りように、嫌気が差してくる。しかもこのプリントの量、絶対に間に合わない……。


「やっぱ、青春なんて、クソ――」

「紫苑~? 回覧板、届けに行って!」


 桃子の声が聞こえる。


 これは、回覧板を届けにいったついでに優斗に泣きついて、勉強を教えてもらうしか、なさそうだ。


 まだ、青色ばかり見てしまうけど。自分だけの色を手に入れたって、それを塗り替えられるくらい強くて眩しい色だってやってくる。


 どんなに好きで共感できる物語だって、心が弱っているときに触れたら、傷つくかもしれない。好きな人とだって喧嘩をするし、その好きな気持ちだって永遠ではないから。


 でも、今は。


 彼女は、いろんな色がないまぜになった春を、抱えていくのだろう。





****


 読んでいただき、ありがとうございます。ここで一旦の区切りになります。


 ここまで読んでいただき、貴重な時間をいただけたことに感謝です。


 主人公の紫苑に共感していただけるような。はたまた、こんなへんてこな奴! と笑い飛ばしていただけるような。こんな奴が大丈夫なんだから、なんとかなる、と、ちょっと勇気が出るような。そんなたいそうなものを書けたかはわかりませんが、そんな方々がいらっしゃれば、うれしいです。


 ☆や♡、ありがとうございました。フォローやコメントなども、これからもお待ちしております!

 

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どうやら「普通」の青春は合わないようです~それでもシオンは恋をする~ 卯月まるめろ @marumero21

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