カリフラワー星人保護団体

隣乃となり

夜分遅くに申し訳ありません


「初めまして、わたくしカリフラワー星人保護団体の者ですが」


 はて。

 僕の人生はこんな三文芝居だっただろうか。


 頭のかたすみで、ぼんやりとそんなことを考えていた。だって、インターホン――正確にはこの先にあるドアの向こうの誰かが今発したのは、銀幕の中の役者だけが口にするべき言葉。深夜の招かれざる来訪者のものではないはずだ。


 あのぉ。宗教の勧誘かなにかでしょうか。


 僕は大変眠かったので少しばかり乱暴にそう言い放つ。そっちがその気なら僕は奇声を上げることも厭わないぞと無駄に意気込みながら、1:00 AMの闇に輪郭を溶かすアンノウンパーソンの出方を、暫し窺うことにした。


「ですから、わたくしはカリフラワー星人保護団体の者です。ここは斎藤さんのおうちでしょうか」


「違います。僕は藤田です」


「はい。では藤田さんのお宅ですね。お話したいことがあるのでどうか出てきてくれないでしょうか。あ、おうちの中でもいいですよもちろん」


「あの。さっきからなんなんですかね」


 僕はいよいよ語気を荒げる。イカれているからってなんでもしていいわけではない。カリフラワー星人だかなんだか存じ上げないが、とにかく僕は今にも意識を手放しそうなほどに眠いのである。帰ってくれ。どうか。

 その旨を告げると、


「大切なお話なのです。聞いてくれませんか。我々カリフラワー星人にとって本当に大切なお話なのです。わたくしはなるべく平穏にしたいのです。かないませんか?」


 と返ってきた。

 少し考える。これは、脅迫なのではなかろうか。


《ぼくはいま、カリフラワーにおどされている》


 スマホのメッセージアプリを開き、とりあえずそこまで打ち込んだ。しかし僕の視線は目の前のインターホンとドアをしきりに行ったり来たりしているため、僕が送り先はおろか画面すらろくに見ないまま入力した文字列には、はじめの「ぼ」の姿すら見当たらないかもしれない。べつに見るのは至極簡単である。けれど、カリフラワー星人を名乗るこいつが突然ドアをぶち破り、この部屋に、そして僕のパーソナルスペースに侵入してくるかもしれないと思うと油断はできなかった。

 メッセージは、当然まだ送っていない。と信じたい。だってこんな奇妙なメッセージが誰かの目に触れたら、たとえそれが僕の親友であろうともドン引き不可避だからだ。というか今現在自分が誰とのトーク画面を開いているかわからない以上、このメッセージが連絡先を交換したきり一度も会話していない、前のバイト先の後輩のもとに届く可能性だって十二分にある。


「藤田さんがこのドアを開けてくれない限り、わたくしはいつまでもここに居続けますよ。いいのですか」


 よくねえよ、と思わず舌打ちをする。まずい。追い詰められている。こういうときはお巡りさんに通報した方がいいのだろうか。


「あの。ほんとうに、かえりませんよ」


「結構です。好きなだけそこにいてください。そんで飽きたら帰ってください。できればそれ、早めだと助かります」


 なげやりに吐き、時間の無駄だと、もう背を向け布団に向かおうとした時だった。


「自分には関係ないことだとお考えなのでしょうか。無視していいと、本気で思っているんですか」


 僕は立ち止まる。不思議。不思議で不思議でたまらないのだが、この異常者の声には混じりけのない真摯さがあるように思えた。前に進みたいはずの足が、体が、引き止められてしまう。


「これはあなたの話です。ほかでもないあなたにわざわざ会いに来て、話をしようと言っているのです。自分はこんな狂人とは無関係だとお考えなら、今すぐそれを改めてください。あなたはわたくしです。そしてわたくしはあなたなのです。つまりわたくしが何を言いたいかというと……」


「あなたはカリフラワー星人なのです」


 よし、寝るとしよう。


 僕は部屋の明かりを落とし、まだなにやら喋り続けているカリフラワー星人の声(ノイズ)をキャンセリングするべくイヤホンを耳にぶっさし、いつもより音量をふたつ上げてから音楽をかけた。


「まだ話は終わっていません。逃げないでください、斎藤さん」


 なんだやけに声が近いなと思って振り向くと、もう既に、僕の顔の数センチ先にまでカリフラワー星人が迫っていた。

 恐れていたことが。

 まさか本当にドアをぶち破ってこの部屋に、しかも僕のパーソナルスペースにまで侵入してくるとは思わなかった。これがもしホラー映画だったなら、きっとおどろおどろしいSEとともに、カリフラワーを頭にくっつけた異形の怪物がスクリーンいっぱいに映し出されることだろう。あるいは、間の抜けきった僕の顔が。


「ふ、藤田です」


「そうでした。藤田さん、逃げないでください」


 カリフラワーだ。いざ眼前に突き付けられると、それ以外の言葉はいくら頑張っても出力できなかった。


 知らず知らずのうちに知能指数まで奪われていたらしい。まあいい。もう既にこの宇宙人にもぎ取られてしまった平凡な夜は、きっと仲間が増えて少し安心しただろうから。

 じゃなくて。

 どうするんだ、この状況。

 手足は人間のそれであるように見えるが、目の前のエイリアンの頭部は、白い脳のごとし。僕がこれと同じだと言うのだろうか?だいたい僕の母親は人間だ。僕は彼女の頭がアブラナ科の野菜になっているところは一度たりとも目にしたことがない。父親だって……


 父親。


 僕は、物心ついたときにはとっくに居ないものになっていた彼のことを、よく知らない。はっとして、両手のひらで口を押さえる。そして恐る恐る尋ねた。


「もしかして、僕ってカリフラワー星人と地球人のハーフだったりします?」


 真っ白い花蕾が揺れる。


「はい。大正解です」


 ◇


 乳白色のちいさなローテーブルを挟んだ向かいに、同じく乳白色の頭をした地球外生命体が座っている。ただでさえ滅多に他人が入ることのないこの殺風景な部屋に、友人でも家族でもないというかもはやこの星のものですらないカリフラワーがいるなんて。妙な、いや妙すぎる光景である。夢だろうかと思いさっきから何度も頬をつねっているが、結局ここが夢の中だなんて確証は微塵も得られず、ただ熱と痛みが蓄積してゆくだけであった。


「で、なんなんですか。大切な話って」


「まあ、簡単に申し上げれば、カリフラワー星人が居住可能な惑星が宇宙に見つかりましたので、故郷を失ったわたくしたちの仮住まいであった地球を離れて、そちらに移住しようと考えているのです」


「はあ」


 はあ。心の中でもう一度言う。


「えっと。正直それ、僕にあまり関係ないですよね」


「いや、もちろん関係ありますよ。だってあなたはカリフラワー星人なのですから」


「半分だけでしょ」


 カリフラワー星人は反抗期の子供に向けるような眼差しで僕を見て(まじまじと観察しているうちに気づいたのだが、この生命体の頭にはちょうど人間であれば目がある位置に一円玉ほどの大きさの穴が二つ開いており、まるで目があるかのように見える。しかしそこはご本人曰くくちであるらしく、先程お茶を出した際にはそこからぐびぐびと飲んでいた)、あのね、と恐ろしいほど優しく言った。


「あなたも一緒に来てほしいんです。カリフラワー星人はただでさえ少ないですから。子孫繁栄のために、なるべく多くの仲間たちに来てもらいたいのですよ」


「いや、普通に無理ですけど」


「無理ではありません。冷静に考えてみてください。あなたは非常に大きなものに貢献することになるのですよ。地球人としてこのまま凡庸な人生を送りなんとなく死ぬのではなく、カリフラワー星人として、未知の惑星を開拓した勇気ある偉大な祖先になることができるのです」


「その功績、そんなに大事ですかね」


「では逆に聞きますけれど、あなたのそのしょうもない人生のほうが大事なんでしょうか」


 質問を質問で返すんじゃあない。

 そしてこの異星人はことごとく失礼である。本当に僕に来てもらいたいのなら、もっと無条件に褒めそやしたりしてどうにか懐柔しようとするものではないのだろうか。なぜそんなにも攻撃的なのだ。


「それは当然、僕にとっては大事に決まってるでしょ」


「そうですか」


「あの、まず……僕には本当にカリフラワー星人の血が流れているんですか? やっぱり地球人にしか思えないのですけど。証拠とかも全く無いですし。たしかに僕は父親を知らないけど、それがカリフラワー星人だなんて、そんなの言ったもの勝ちじゃないか」


 今起きていることの奇妙さに一周回って冷静になった僕は、初夏の風の如く爽やかに捲し立てる。証拠、という言葉にカリフラワー星人がぴくりと動いた。これは勝ったかと思い僕が気色の悪い笑みを零したところ、カリフラワー星人は突然、どこから出てきたのかわからない一枚の紙を差し出してきた。


「こんなもので納得していただけるのなら」


 嫌な予感がしつつ紙を覗き込む。


『したがって、被験者同士は生物学的親子関係であると判断される』


 真っ先にそんな文が目に入った。

 僕はもうすでにほとんど絶望しながらも、わずかな希望をよすがに紙に書かれた文字を隅々まで舐めるように読む。


 しかし何度読み返しても、僕の体にカリフラワー星人の血が流れているという事実をその回数分だけ突きつけられるだけだった。


「あ、でも……宇宙人のDNA鑑定って可能なんですか」


 健気な僕はまた新たな希望を発見し、はやる気持ちを抑えながら問う。


「残念ですが、可能です」


 なぜ希望をちらつかせたんだと怒鳴りつけたくなった。いや、それはただの八つ当たりだろうか。


「出発はいつなんですか」


「明日の日本時間23:00です。出発の三十分前にまたここに迎えに来ます」


「はや」


「早いですか。でも我々はもう何十年もの間、この星に縛られてきたのです。ずっとずっと逃げ出したくてたまらなかったのです。明日の夜、やっと長年の夢が叶うのですよ。少しせっかちになるのもしょうがないと思いませんか」


「逃げ出す……」


「ねえ、藤田さん」


 ふいに名前を呼ばれる。あの、恐ろしいほど優しい声で。そして僕は気付く。きっとこれは、父のやさしさに似ている。会ったことのない、顔すら知らない父親の姿に、今日知り合ったばかりの異星人が重なる。


「あなたも、逃げたいのではないですか」


 僕は言葉を失った。


 にげたい。


 リピート・アフター・イット。


 にげたい。


 にげたい?


「自分だけが浮いていると、周りと違うと、社会に馴染めないと思っているでしょう。人間になりきれなかった、って。それは、あなたがカリフラワー星人だからなのです。決してあなた自身のせいではない」


「じゃあ……」


 僕はまっすぐにカリフラワー星人を見つめて、言う。


「僕があなた達と一緒に行けば、そういう悩みから解放されるってことですか」


「その通りです。カリフラワー星人は完璧を何よりも好みます。不安や悩みなんてものは、本来我々には無関係なのです。ですから、わたくしたちだけの星があれば、また昔のような希望に満ち溢れた生活ができるのです」


 余すところなく胡散臭い。こんな話、信じる奴は大馬鹿に決まっている。

 けれど。たとえば、休日の朝10時。微熱のときのひんやりとしたマットレス。大掃除の後。濡れた制服。そんな、今この瞬間だけは自分の全てを委ねてもいいと思うものたちに、この異星人の話はどこか似ているように思えた。


 体の中心にあった澱みが、するりと流れてゆく感覚。


 懐柔。


 ああ、これがそうかと今更気づき、無意識に頬が緩んだ。


 ◇


「後片付けをしておいてください」


 玄関先。カリフラワー星人は、夜空の色したフードをまっしろな頭にせっせと被せながら言った。


「あとかたづけ?」


 部屋のことだろうかと、僕はあたりを見回す。そういえば僕は明日、違う星に引っ越すのだ。それまでに元のすみかをどうにかする必要があった。どうしよう一気に面倒臭くなってくる。しかし僕が顔を顰める寸前に、カリフラワー星人は明るく僕に告げた。


「おうちのことは心配しなくていいですよ。そういうのは清掃班のカリフラワー星人が全部やりますから」


 へえ、と僕は愚かな声で、じゃあお願いします。なんて半開きにした口で言う。


「おうちのいろいろとか、しごとのいろいろだとか、こういった形式的な後片付けはできるのですけど、やっぱり藤田さんにしかできない後片付けがありますでしょう? それは、ご自分でお願いします」


「僕にしかできない後片付けって……」


「簡単に言えばこころの後片付けですね。会いたい人に会ったり、食べたかったものを食べたり、行きたいところに行ったり。あなたは地球を離れるのです。もしかしたらもう二度とできないこともあるかもしれません。それをこれから、短い時間ではありますが、ぜひやってください。モヤモヤした状態のあなたを連れていくのはあまり、こちらとしても清々しいことではありませんから」


「そうなんですね」


「ええ、はい」




 カリフラワー星人が去ったあと、僕はすこし思考を巡らせてみる。会いたい人。食べたいもの。行きたいところ。会いたい人。会いたい人。


 ううんううんと唸る。十数秒ののち、頭の中にとある人間の顔が思い浮かんだ。


「あ」


 ◇


「で、カリフラワー星人ってなに?」


 先輩は口の端を紙ナプキンで丁寧に拭いながら、僕にそう尋ねた。


「だからさっきも言ったじゃないですか。頭がカリフラワーなんですよ。本当に。ガチで。で昨日僕の家に来た奴曰く、僕はカリフラワー星人と人間のハーフらしいんですね」


「ごめん。あと五回くらいは説明してもらうかも」


「まあわかんないですよね。普通に」


 僕はズゾズゾともうほとんど残っていないコーラを意地汚く吸い、先輩を見る。

 瞬間。目が合った。

 麒麟のような目。僕が彼女を愛した理由のひとつ。

 エロくて哀しくて、そして純粋。世界が全部あべこべにおかしくなろうとも、絶対に僕のものにだけはなることはない。そうわからせてくれる彼女の目を、僕はじっと見つめる。


「なーによ。惚れた?」


「とっくに惚れてます」


 でへへ、と先輩。

 濁音で武装する彼女は最高にクールである。


「で、地球から居なくなっちゃうから、最後に私に会いに来てくれたんだ」


「そういうことです」


「あ、アルコール入れなくていい?」


「いやいいです。最後くらい素面で」


「ふーん」


 彼女は意味ありげに微笑み、推定五十莢目の枝豆を食べ始める。

 言葉の空白。魔がさす。小さなつむじに、先輩、と僕は話しかけた。


「どうしたの」


「僕って本当にカリフラワー星人なんですかね」


「えー知らないよ。そうなんじゃないの?」


「僕が社会に馴染めないのは、僕がカリフラワー星人だかららしいんですよ」


「なにそれ。めっちゃうけるね」


 先輩はそう言う割にはその真っ黒な目を崩さなかったし、口元は相変わらず武装状態だった。それがかえって僕を安心させる。


「じゃあ聞きたいんだけど、完璧に馴染んでる人っているのかな」


 彼女はそう言って、枝豆の皿に手を伸ばす。五十一莢目。


「みんな社会に馴染もうと適応しようと頑張っては、それができなくて悩むわけだけど、逆に社会から一ミリもはみ出してない人間なんて存在しないんじゃない? 社会を見て安心して、傷つけられて。……ねえ。社会って何なんだろう? 結局はそんなものただの理想に過ぎなくて、私たちが当たり前みたいに受け入れてるものは、本当はこの世のどこにもないのかも」


「どこにも?」


「うん。どこにも」


 だからね、と先輩は笑う。

 いつか少年漫画で目にしたようなかっけえ笑顔である。武装はきっともう解かれていた。


「あまり気にすんな」


 ◇


 静かな家でひとり、カリフラワー星人を待つ。

 僕はこれから地球から逃げて、完璧な仲間と、完璧な生活を送ることになるらしい。疎外感もない。蔑まれることも。いやな思いをすることはない。

 閉じた世界は美しい。気づかなければ幸せでいられる悪意や嘲笑が入り込む隙は、どこにもないからだ。

 対して僕の生きている世界は開いている。醜く歪んでいる。


 澄んだ目をした大人になりたかった。なれなかった。

 笑われるのは嫌なくせに、誰かを笑わないと生きていけない。自分が人を傷つけるために生まれてきたように思えてならなかった。全員いっぺんに幸せになれたらいい。誰にだってつらい思いはしてほしくないのに。この星はどうしても、それを許さない。


 そんな地球とも、今日でお別れ。


 なのになぜだろう。少しも心が躍ることはない。

 むしろ。病院に行く前のようなうっすらとした恐ろしさと憂鬱さが、僕の心に巣食う。

 歪んだ世界から逃げることが、怖い?

 ここでは殆どの理屈は消え去っている。不条理。それによる支配をいつからか許してしまった。


 でも。


 散歩する犬を見た時の気持ち。

 もう死んでもいいと思う日。

 知らない誰かの幸せを願うこと。

 愛しい人の息遣い。


 ぜんぶ理屈じゃないはず。でも僕はなぜか愛している。不思議だ。愛さずにはいられない。

 閉じた世界にはない。歪んだ世界でしか会えなかった人、もの、気持ちに、僕は今日でさよならをする。なんて。


 ピンポーン。

 とうとうインターホンが鳴った。

 

 はっとして。僕は駆け出す。ドアを開けて、現れたカリフラワーを押しのけて走る。

 背中にカリフラワー星人の声を浴びながら、僕は階段を下りてゆく。

 くらやみに擬態するように音を立てずに走る。頭上、大きな円盤が見えた。星。光。風。カリフラワー。


 僕は逃げる。


 昔、学校を抜け出したときと同じ緊張感。早鐘を打つ心臓が僕を祝福している。


 僕は逃げる。


 骨の髄まで沁みついた一人称。黄色信号の脅迫。言葉にできない殺意。求めすぎた意味。邪魔する性衝動。強制される青春。誰も教えてくれない人生の落とし穴。空費した純粋さ。僕自身を嘲笑う僕。

 そのすべて。そのすべてから。


 そして僕は今、ずっと喉から手が出るほど欲しかった安寧からも逃げようとしている。


「ははは」


 自然と笑ってしまう。吐いた息が次から次へとラフターに変換されてゆく。僕は苦しくなるほど笑いながら夢中で走った。


「ふじたさーん!」


 こんなに間抜けな声を出しておきながら、自分たちは完璧だと宣うらしい。

 めっちゃうけるね。先輩を真似して呟いてみる。本当に、うける。


「いいのですか! わたくしたちと一緒に来なければ、あなたはずっと辛い思いをすることになるのですよ!」


 ははは、と僕は息をする。

 ああ、実に愉快。


「いいんですかぁぁぁ! もういきますよぉぉぉ!」


 暴風に混じる叫び声に、僕は応える。スキップしながらUFOにあばよ。


 あの声がでんじろう先生に似ているなとしょうもないことを考えてしまう頃には、もう銀の円盤は夜空に吸い込まれて消えていた。


 僕はついに逃げ切ったのだ。その場にへたりとしゃがみ込む。

 きっと僕は選択を間違えた。しかし。


 それでいい。


 ふと空を仰いでみる。彼らの船はまだ宇宙を彷徨っているだろうか。やがてあのカリフラワーたちが僕の知らない星に辿り着き、そこで夢のような生活を送るようになるとき、僕は地球から彼らを見てみることにする。どうだ見たかカリフラワー。この世界は開いているのでそんなこともできてしまうのだ。人生におけるちっぽけな楽しみを、僕は新たに見つけてしまった。愉快。まことに愉快である。


 僕は。


 澄んだ目をした大人になりたかった。もうなれないと思っていた。

 しかし今、僕の目はこの宇宙の誰よりも澄み切っているに違いない。そして多分これからも。


 さあて。僕は街灯の下、立ち上がった。

 先輩の家に行ってみたりしようかな。そしてきっとまだ起きている彼女に、僕は言ってみる。僕は地球に残ることにしました。だから付き合ってくれませんか。最悪な思いつきを抱えながら、僕は歩いていく。


 彼らの星はいつ見えるようになるだろうか。

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カリフラワー星人保護団体 隣乃となり @mizunoyurei

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