第3話:「ぶどうの香りがする君」

私たちは大人になった。

つい昨日まで木の家の屋根の上で笑いながら遊んでいたあの少女たちは、

もうすっかり成長してしまった。


そしてあの子──アキは、

ますます美しくなっていた。


ぶどうの香りが漂う長い髪は、やわらかな風にそよぎ、

さくらんぼのような赤い唇は、彼女だけの甘い秘密のように心を惹きつける。

その瞳──深く、暗く、でも静かに私を引き寄せるあの視線。

全部が、まるで私だけに向けられているようだった。


アキは以前よりもずっと自信に満ちていて、

ときどき私に視線を投げかけては、そっと微笑む。

そのたびに、私の胸は知らず知らず高鳴ってしまう。


彼女の何気ない視線。

その首にかけられた細いネックレスのように、

私の心にそっと絡みついて、離れない。


アキの微笑みは、私の不安や迷いをすべて溶かしてしまう。

まるで私たち二人だけの世界を、静かに作り出してくれるかのように。


私たちの間には、今でも目には見えない糸のような繋がりがある。

この村の静かな夜。

あたたかい星空の下で、彼女のことを思い出すたび、

私は心の中でそっと囁く。


「そう、彼女こそが私の“完璧”なんだ」と。


アキ──私が誰よりも守りたくて、愛しくて、求めてやまなかった人。


彼女はいつも少し遅れてやって来る。

そしてそのぬくもりある息づかいと、静かな笑顔に、私は溶けていく。

私たちの秘密。

私たちの願い。

そして、あの幼い頃の無邪気な気持ち──

すべてが、ひとつの方向へと導いている気がする。


その日、彼女がこう尋ねてきた。

「今日、一緒にごはん食べない?」


私たちは村のはずれにある、小さなカフェに座った。

二杯のあたたかいお茶と、ささやかな食事の注文。

会話は特別ロマンチックなものじゃなかった。

ただの日常の話。


でも、アキが私の話をじっと聞いてくれて、

ときどき微笑みながら頷くその仕草が、

とても優しくて、心に染みた。


私は気づいていた。

彼女は、ただ私と一緒にいたいという理由でそこにいたのだと。

だから私は、ただ静かに彼女の後をついて行った。


それが、私たちの交際の始まりだった。

特別な物語があったわけじゃない。

ただ、二人の人間が少しずつ近づき、

一緒にいることで心が穏やかになっていった。

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八月の稲田に浮かぶ月 @Dieyoungame

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