おまけ(本編の前)

ベッドに沈む。

押し倒される。

視界に映るのは、こちらを真っ直ぐに見下ろす彼女の顔。

怯えが先に立つ。

咄嗟に身体が硬直し、呼吸が詰まる。


その顔色に気づいた彼女は、すぐに身体を引き離す。


「ごめん、そういうつもりじゃなかった。もう……帰るね」




ヒールの音が鳴る寸前──


──ふわりと、袖を掴む。


「……離れないで……」




震える声。か細い、でも確かな拒絶の意思。


そして、その声が崩れる。


「見捨てないで……」

「貴女まで……私を遠ざけようとしないでよ……」




震える手は、もう“手”じゃない。

必死に生きる意志そのもの。


――――


そうなれば、言葉が詰まるのはヒロインの方だった。

戸惑い、言葉が出なくて、どうしようか迷う。

でも、それでもこれ以上不安なままにしておくことは、許せなかった。

だから、こう言う。




「大丈夫……大丈夫だから……だから、そんな顔しないで……」




二人は、その美しい顔を歪めながら、

それでもお互いを確かめ合うように、そっと手を握った。


それしか、お互いにできなかったのだ。


――――


やがて、静かな寝息が聞こえてくる。

目を閉じた彼女――主人公は、ようやく眠れたのだ。


その小さな体を毛布でそっと包むと、ヒロインは、そこで崩れるように膝を折った。

床に手をつき、静かに、しかし止めどなく込み上げるものを抑えきれず、喉を震わせる。


声にならない嗚咽。

それは泣き声ではなく、むしろ、涙すら許されない者の、悲鳴のようだった。


誰もいない朝の部屋に、ただ一人、

誇り高く振る舞ってきたはずの彼女の、惨めな姿だけがあった。


それでも、彼女にはこの姿を――

彼女(主人公)には、この姿を絶対に見せたくなかった。


だって、あの子にとっての自分は、「強くて頼れる存在」でなければならなかったから。

怖がらせたこと、泣かせたこと、その全てが己の咎なのだと、心の底で理解していた。

許されたいとは思わない。

ただ、もう二度と、あんな思いをさせたくない。

その想いが、溢れる涙を許さなかった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

この後が本編です。


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彼女の背に、温もりを求めて @iimao

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