複製剤とコーヒー

このめづき

第1話

 洗濯機のフタを開け、青い洗濯かごの中身をドバーッと放り込む。

 我が家には、洗濯物に応じておおまかに分別できるように、三種類の洗濯かごが用意されている。一番丁寧に洗わないといけないものは赤いかごへ、まあまあ雑に洗ってもいいものは青いかごへ、どっちつかずのものは黄色いかごへそれぞれ投入することになっていて、時々セーターとかの崩れやすいものを入れるためにネットが用意されたりする。

 とにかく、今入れたのは青い洗濯かごだから、水温とか強さとかを気にする必要はない。

 洗濯機の傍の床に置いてある液体洗剤を取って、洗剤投入口に注ぎ込んだ。

「複製剤? なにこれ」

 隣で洗濯する様子を眺めていた青沼あおぬまが、洗剤の隣りに置いてあった「複製剤」を持ってつぶやいた。

「洗剤と一緒に入れるんだよ。貸して」

 そう言って青沼から複製剤を受け取って、そのプラスチック製のボトルを洗濯物の上で傾けると、中から一センチメートル弱の粒がたくさん出てきて、洗濯機の中に降り注いだ。

「こうやって他の洗剤と一緒に使うと、複製剤は、その洗剤と同じ成分に変化するの。酸性とか中性とか関係なくね。だから、これ使うと洗剤の量を減らせるわけね」

 そう説明すると、青沼はへえー、とだけ言って居間の方へ行った。普段、自分では洗濯とかしないんだろうし、まあ興味ないんだろう。

 洗濯機を操作して作動させてから、軽く手を洗って、居間に行った。洗濯機は台所に備え付けられているので、洗濯を終えるとすぐに流し台で手が洗える。

 居間では、青沼と、妹の真梨まり愛彩あやが机に向かって座っていて、その机の上にはポテトチップスが広げてあった。今は三時半で、ちょうどおやつタイムだ。

 真梨と愛彩それぞれの前には紙コップが一つずつ置かれていて、どちらの中にもコーヒー牛乳が淹れられていた。

「遅いよー」

「ごめんごめん」

 そう詫びながら、正座している真梨の対面に腰を下ろした。四角い机の、ここから見て右に青沼が、左に愛彩がいる配置だった。

 誰が合図したわけでもなかったが、いただきます、と皆口々に消え入りそうな声で言って、のり塩味のポテトチップスをつまみ始めた。

 愛彩は指に塩などが付くのを嫌うからこういうのは箸で食べるタイプで、真梨は一度にたくさん掴み取ってから、左手を皿代わりにして少しずつ右手で食べるタイプだ。

 さっき回した洗濯機が本格的に音を出し始めた。

「ねえ、食べながら昨日の映画見ない?」

 不意に、愛彩が口を開いた。昨晩、地上波で放送されていたアニメ映画を予約していて、それを密かに楽しみにしていた僕は賛成、と言って、ティッシュで指先を拭き丸めて机の端っこに置いた。続けざまにリモコンを取って、青沼の背後にあるテレビに向けてボタンを押す。

「あ、コーヒー淹れたいからちょっと待って」

 と真梨が言った。そして飲み終えた紙コップを持ち台所へ行こうとすると、

「あ、お姉ちゃん、私のも」

 と愛彩が言って、残っていたコーヒー牛乳を一気に飲み干し、空になった紙コップを真梨に手渡した。

 真梨は二人分の紙コップを持って、しょうがないなー、などと言いながら台所に向かい、インスタントコーヒーの粉を取り出し、やかんに入れた水を沸かし始めた。

 我が家では、というか真梨と愛彩は、「コーヒー」に「コーヒー牛乳」を継ぎ足した飲み物のことを『コーヒー』と称している。そのままのコーヒーはまだ苦いが、コーヒー牛乳は甘すぎるといって、去年くらいに真梨が混ぜ始めたのが最初だ。

 しばらく、ポテトチップスをつまみながらコーヒーが完成するのを待っていた。その間も真梨は台所でやかんを見守り、洗濯機はブウウン、と大きな音をたてていた。

 お湯が沸いて、正確には沸騰しかけて、真梨があらかじめコーヒーの粉を入れておいた二つの紙コップそれぞれに注ぎ、コーヒー牛乳を冷蔵庫から取り出した。コーヒーとコーヒー牛乳を二対三くらいの割合で混ぜている。

 ちなみに、紙コップと言っても片手ですっぽり収まるくらいの普通のサイズではなく、もう少し大きい型のものだ。一般的に想像する紙コップの二倍くらいと考えてもらえばいいだろう。

 やがて出来上がったコーヒーを両手に真梨が居間に戻ってきた。机の上にコーヒーを置いたのを見て、僕は再びテレビのリモコンを操作しようとしたが、真梨に止められた。

「トイレ行ってくるから、ちょっと待ってて」

 そうトイレの方へ向かいながら言った真梨の背に向けて、ん、と返事をした。

「コーヒー? コーヒー牛乳淹れたの?」

 やや奇妙なしきたりを初めて見たであろう青沼が不思議そうに聞いてくる。

「うん、うちではそうしてんだよね」

「へえ」

「ただのコーヒーだと苦いから」

 僕はそう言ってから、何となく、ただちょっと意地悪な心が出てきて、

「お前のはないよ」

 と言った。

 すると青沼は、ああうん、と言いながら立ち上がり、今真梨が持ってきたばかりの紙コップの片方を手にとって、台所に向かった。何をするつもりだろう、と少し不思議に思いながらも、僕は座ったまま青沼が紙コップを台所前の床に置くのを見ていた。

 青沼は洗濯機の隣の洗剤を取り出し、中身を紙コップの中に注ぎ始めた。コップの中に小さな粒状の洗剤がドボドボと落ちていく。

「ちょっと!」

 まさかそんなことをするだなんて考えつかなかった僕は慌てて立ち上がり、青沼の手から洗剤を奪い取り、床においてある紙コップも取って流し台の傍に置く。

 よく見ると、青沼から奪ったそれは洗剤ではなく、複製剤と書いてあった。そうか、複製剤を入れれば増えると思ったのか、となぜか冷静に考えられた。

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