ひらめき
もう夏が近い。クーラーを付けるかどうか課長が聞いて回っている。寒いと感じる人がいるとハラスメントかもしれないから。などと冗談とも本気ともとれることを言うから、デスクの近いみんなでどちらともとれる笑い声を演出する。
パチンと音がした。くだらない演技をやめて振り返ると、A子。手を見て怯えている。首元にも赤い血痕。血。
デスクのティッシュを二,三とってA子に渡す。
「首にもついてるよ」
血が怖いA子は泣きそうになりながら拭って、赤いティッシュの染みさえも嫌がって、自分のではなく、わざわざ私の足元のゴミ箱に入れてから戻ったばかりのトイレへと駆けていく。
ゴミ箱にはA子の血。私にも流れる血。脈撃つ。
なぜだろう、ついさっき、A子の怯える顔が何度もリフレインする。
怯える顔。嫌いな人の怯える顔。蚊。血。
「えみさんならすぐですよ」
「えみさんならすぐですよ」
「えみさんならすぐですよ」
リフレインはそのまま続いて、昨日の夜に及んだ。
22時半の電車で帰った。
テレビを付ける。少子化、出産年齢。しあわせ。
選挙の争点のスキマ。隣からかすかに聞こえる喘ぎ声。
頭の中で拡声器を通して爆発する。
聞こえないけど聞こえる気がする。
愛してる。私の好きだった人のささやき。壁の向こう。
幸せ、少子化、未来。
アナウンサーはそういうようなことを言って、私のリフレインは想像する。
赤ん坊の産声。
彼の子供、今喘いでいる人の子供。
ここで私のリフレインは爆発して止まる。
私は昨日、泣きながら寝た。
私は今日、泣きながら寝る。
私は、泣きながら眠る生き物。
だから私は蚊を育てることにしようと思った。私の血を吸わせて生まれた蚊。その子達に彼の血を吸わせる。私の血と彼の血が混ざる。そうして、私は彼との子孫を残そうとひらめいた。
だけど今は、とりあえず今はA子をなだめてトイレから連れ戻して仕事の続きをさせるか、無理なら早退させなければいけない。センスのない課長がぼっ立ちする私を怪訝そうに見ているから。
予告
主人公は蚊の繁殖を決意する。主人公の血で育てた蚊に、彼の血を吸わせて疑似的な繁殖体験をするために。そんな血の混ざりに意味はあるのか?その行為は彼女をどこへ誘うのか?次回!どこに誘うのかは決めてますが、蚊の繁殖について調べないといけないので結構待ってください!!つづきもお楽しみに。
蚊 あるいは私達の子 ぽんぽん丸 @mukuponpon
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