異世界転生したら、痺れる🍓だった

無月兄(無月夢)

あまおうに俺はなる!

 吾輩は苺である。名前はまだない。 

 って、普通苺に名前なんてねーよ! 

 この場所が、俺がずっと暮らしていたのとは全然違う異世界でも、きっとそれは変わらないだろう。


 会社から帰る途中にトラックに轢かれ、気がつけばこの異世界で苺として生まれ変わっていた。

 所謂、異世界転生というやつだ。


 けどな、だからって苺はないだろ苺は!

 そりゃ、苺は美味しくて好きだ。特に福岡で開発された品種、『あまおう』は最高だ。

 名前の由来は、甘さの王様だから『あまおう』、なんてのじゃないぞ。

『甘い』、『丸い』、『大きい』、『うまい』。その四つの頭文字をとって名付けられたのがあまおうだ!


 なのに俺ときたら、同じ苺でも全然違う。

 今の俺の体は、一本のツタとそこに生っている五つの実で構成されているが、実の形は歪で小さい。あまおうに求められる『丸い』と『大きい』は、この時点で失格だ。


 誰かに手入れされているわけでもなく、山の中にポツンと生息しているだけの苺に、そんなもの求めてもムダなのか?


 なら、『甘い』と『うまい』はどうなんだろう?

 そんなことを考えていると、近くの茂みがガサガサと音を立て、一頭の狼が現れた。

 いや、ここは異世界だから、正確には狼型のモンスターか?


 だがそんなものはどうでもよかった。

 その狼は腹を好かせているのか、俺に目を向けるなりいきなり噛み付いてきた。


 てめー、肉食獣の誇りはどこいった! 食えりゃなんでもいいのかよ!


 心の中で叫ぶが、もちろんそんなの聞いちゃくれない。このまま食われて、早くも苺としての一生を終えるのか。

 そう思った、その時だった。突然、俺の心の中に声が響く。


『スキル、【痺れる実】を使うことができます。使いますか?』


 それを聞いて、俺は理解する。異世界転生ものの定番、スキル。例に漏れず、俺にもそんなスキルがあって、内なる声が知らせてくれたのだ。

 細かいことはわからないけど、なんかこう、そんな感じのシステムになっているのだ!


 もちろん、このまま大人しく食われるなんてごめんだ。

 スキル、【痺れる実】、発動!


 その直後、狼は実のひとつをパクリ。

 するとどうだろう。ブルリと体を震わせたかと思うと、バタリと地面に倒れてのたうち回る。

 それから間もなくしてして、ピクリとも動かなくなった。

 すげーな【痺れる実】!


 するとそのとたん、またもや心の中に声が響いた。


『ピロリロリーン! 敵を倒したことで経験値がたまり、新たなスキルを獲得しました。獲得したスキルは【大きい】です』


 なるほど。どうやらこの世界では、経験値をためることにより勝手にスキルを手に入れるという仕様のようだ。

 しかも、今回手に入れたスキルは【大きい】!

『あまおう』の『お』担当のスキルじゃないか!

 実際、実はさっきまでよりひと回り大きくなり、ツタも長くなっている。あまおうに一歩近づいたというわけだ。


 この調子でたくさんモンスターを倒して経験値を得て、どんどんスキルを獲得していけば、いずれ【甘い】【丸い】【うまい】のスキルもゲットして、あまおうになれるのではないか。いや、きっとなれる。

 あまおうに、俺はなる!


 この世界で生きる目標を見つけた俺は、ワクワクしながら次の獲物を待つのだった。




 〜時は流れて〜



 はぁ……なかなかうまくいかないもんだな。


【甘い】【丸い】【うまい】のスキルをゲットし、あまおうになると決めた俺だが、現実はあまおうと違って甘くはなかった。

 実は、どんなスキルを得られるかは完全にランダム。運が悪いと、どれだけ経験値をためてもほしいスキルが手に入らない。

 で、俺はその運が悪い側の人間、いや運が悪い側の苺だったらしい。

 あれからたくさんのモンスターに痺れ苺を食わせて経験値をためたが、ほしいスキルが一向に出やしない。


 もちろん、手に入れたスキルの中には、まあまあ有能なものもあった。

【根っこをいい感じに動かして歩く】を習得したことで、植物なのに移動できるようになった。

【ツタのムチ】を習得し、しびれ苺を食わせる以外の攻撃方法を得ることもできた。

【実の表面にあるゴマみたいなやつをマシンガンの如く飛ばす】で、遠距離攻撃も完璧だ。


 だが、肝心のあまおうになるために必要な、【甘い】【丸い】【うまい】は未だに手に入らない。

 ただなぜか、【大きい】のスキルだけは、既に持っているにも関わらず何度も何度もゲットし、スキルレベルが100くらいになった。

 その結果、今の俺は世界樹もびっくりするくらいの超巨大苺になっている。

 そんなのが根っこをウネウネさせながら歩いているものだから、最近はモンスターもビビって近づいてこなくなり、経験値集めもうまくいってないんだよな。

 たくさんのスキルを得るためには、大量の経験値が必要なのに。

 はぁ…………


「やい、苺のバケモノ! この勇者一行が成敗して……ぐえっ!」


 あれ? 今なにかふんだかな? あまりに大きくなりすぎて、人間サイズくらいだと見落とすことも多いんだよな。

 なんか経験値が入ったけど、残念ながらまた目当てのスキルは手に入らなかった。


 よーし。かくなる上は最後の手段。実は、前々から考えていたことがある。

 それは、魔王を倒すこと!


 異世界ファンタジーのお約束として、この世界にも魔王がいるんだよな。勇者もいるらしいが、そっちはよく知らないな。

 とにかく、魔王ならきっと大量の経験値を持っているに違いない。

 そうと決まれば、早速魔王を倒す旅に出よう。

 全ては、あまおうになるためだ!


 この後俺は、見事魔王を倒して世界最強の苺という称号を獲得するのだが、求めていたスキルはまたも手に入らなかった。

 仕方ないので、奪い取った魔王の座につき『あ魔王』を名乗るのだが、真の『あまおう』になるのはまだ諦めちゃいない。


 いつか『あまおう』になってやるからな!

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異世界転生したら、痺れる🍓だった 無月兄(無月夢) @tukuyomimutuki

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