第15話 新たな武器
「先生、何とか、目標金額を用意できましたね」
ユニが嬉しそうに俺に語りかける。マーモスさんに武器の創作を依頼してから一週間が経ち、現在、俺達は例の怪しげな武器屋の前にいた。アトモンドの裏道で賭け事をしていたゴロツキ達から賞金を頂いた後、元あった金貨を足して、金は必要な金額に達してはいた。しかし、マーモスさんの場合、最初提示された金額からいつの間にか購入金額が上がる時がある。
怒る時のマーモスさんは本当に怖いので、多めに金を用意しておかなけばならないだろう。近辺の森でクスミンの葉とオルフサダケを大量に採取し、ポーションを錬成する。そして、そのポーションは薬屋へ売り、金を得る。少しばかりの銀貨であったが無いよりはましだった。ちなみに、ギルドでへ行って新たな依頼を探してみたが、また、早い者勝ちとばかりに掲示板から搔っ攫られてしまった。若者の行動力襲るべし。で、結局最後に残っていた手がポーション売りだったのである。この日になるまで、二人でひたすら素材集めに没頭していた。
本当は、他の魔物退治をして、ユニに戦闘経験をさせたかったんだけどな。仕方あるまい。ここで新武器を手に入れたら、徐々に彼女に戦闘を慣れさせていこう。
二人は、窓に黒いカーテンが引かれ、部屋の奥を確認できない怪しげな武器屋の中に再び入った。ドアを開けると、ひやっとした冷気が身を包み、思わず身震いをした。
「マーモスさん! いらっしゃいますか!?」
前回は、光る光球と共に、気だるげに黒いローブを着た黒髪の女性が現れたのだが、今回は何の反応もない。心配になり、普段が絶対覗かないマーモスさんの店の奥へと恐る恐る踏み込んだ。
店の玄関の光を頼りに、部屋の奥のカウンターまで、慎重に歩く。すると、さらに先へと続く扉を発見した。軽くドアノブを引くと、キィィと軋む音を立てて、扉が開いた。奥は、さらに一筋の光も差すことがない完全な闇であった。ユニが唾を飲み込む音が聞こえる。
ここは何の部屋なのだろうか?マーモスさんも、遡ると交友があったマーモスさんの父親もこの部屋へは俺を近づけさせなかった。徐々に暗闇に目が慣れていき、薄っすらと周囲にある物がぼやけて見えてきた。
目を凝らして見ると、まず家の中にすっぽり入った小型の山のような物体が視界に入った。最初は何なのかよく分からなかったが、ここが武器屋であることから塊鉄炉であると想像した。辺りを見渡すと、周囲の壁に設置された壁掛けに様々な武器が綺麗に飾っているのが分かる。
ぼやける視界の端で、一人の影を見る。そのシルエットから女性のものと分かった。
「マーモスさん!」
俺は、足元に注意して進みながら、マーモスさんと思わしき影に近づいた。くそっ、この暗闇じゃ何も出来ない。その時右足に、カロンと音を立てて何かが当たった。それを拾い上げて見ると、塊鉄炉を使用する際に使う木炭の元となる木材だった。俺は、手探りで鞄から火打石を取り出すと、その木材に着火した。辺り一面に優しい炎の光が宿り、見えなかったマーモスさんの顔が照らし出された。
固く目を閉じて、起きる気配を感じられない。気を失っているのか?そう考えながら、彼女の顔にそっと触ろうとした。
「何しようとしているんだ?」
不意にマーモスさんの声が聞こえ、驚いてしまった。彼女は片目を開けて、じろっと睨む。
「良かった。心配したんですよ」
「ああ、例の武器を創作するのに、想定以上に手こずってしまってな。一休みしていたんだ」
マーモスさんは、ゆっくり体を起こしながら、今に至る経緯を説明した。俺は、部屋の周囲の壁掛けに設置された松明に火を灯しながら、静かに話を聞いていた。部屋がどんどん明るくなって、ユニの表情も見えるようになった。
改めて、全体を見回してみると、塊鉄炉の他に金床、金槌や炉が見えた。その他に、先程は気づかなかったが、弱くぼんやりと光る鉱石を見つけた。
「マーモスさん、これは?」
「ルーン石だよ。武器に特別な魔力を施す代物さ。これを鉄の上に乗せて、一緒にハンマーで叩くと、鉱石が持っているルーンエネルギーを付与することができる。これを出来る鍛冶職人は、父親と私以外見たことないがね」
成程。だから今までこの部屋を俺にも見せず、秘匿にしていたのか。以前闇市場に潜入していた時、ルーン石をこの目で見たことがある。しかし、その用途は、自身の魔力の増幅や魔法の威力を上げるといった戦闘の補助として使用するのみであった。この石にこんな使い道があったとは。
俺がルーン石について興味深々で聞いていると、マーモスさんが首を捻り、ユニを指さした。
「それより、あの子をほったらかしにしていいのかい?」
あ、そうだ。話に夢中になり、ユニのことを忘れていた。振り返るとポカーンと口を開けている彼女の姿があった。話に付いていけず、茫然としている様子だ。
「ごめん、ユニ。ほったらかしにしちゃって」
「いえ、大丈夫です」
彼女は笑顔を振りまくが、何だか眠たそうだ。ずっと立ったまま待たせてしまったらしい。
「そんなことより、彼女の新たな武器を制作したんだ。見てくれないか?」
両手をパンと鳴らして、マーモスさんがこちらに注意を向けさせた。そして、さらに奥の部屋から鉄製のハンマーを持ってくる。持ってくるというよりは、引きづってくると言った方が正しいか。ずるずると音を立てて、それは、俺達に前に置かれた。
巨大な武器のサイズはユニの身長の肩程ある。頭の部分に薔薇の装飾が施されているが、それ以外はかなりシンプルな造りで冒険者の少女が扱うには少々質素なデザインの得物である。柄頭には、設計図通り魔力の結晶が取り付けてあった。これは、果たして彼女は持ち上げられるのかと疑問に思っていたが、とことことハンマーの前まで来ると、軽々持ち上げて見せたので驚いてしまった。
ぶんぶんと無言でハンマーを振ってみせる彼女に俺は聞いてみた。
「どうだい? 持った感覚は?」
「‥‥‥今までで一番しっくりきます」
彼女の振るう打撃武器の風圧で俺の髪が軽く揺れる。どうやらユニにぴったりなようだ。
「柄頭の部分に、魔力の結晶をはめ込んだから、杖として使うことも出来るよ。それ一つで前衛と後衛、両方共対応できる代物さ。これがあんたが狙っていたことなんだろ、クライス?」
「はい」
俺は勢い良く返事をすると、『ユニ!』と名前を呼んだ。彼女は俺の目を真っすぐ見つめる。
「君は、これから、バトルシスターにジョブチェンジしてもらう」
バトルシスターとは、仲間の回復や援助だけでなく、前線に出て、武器を振るう固有の職である。適正を持った人が少なく、俺を長年冒険者をしていて数人しか見ていない。しかし、彼女を一目見た時からその特殊な職への才能を感じていたのだ。
「私が、ジョブチェンジですか?」
戸惑うのも分かる。ずっと僧侶という職で固定されていたのだ。簡単に変える判断をするのは難しいだろう。しかし、俺は躊躇することなくユニに呼びかけた。
「俺を信じてくれ! バトルシスターなら、君は誰からも必要とされる人物になれるだろう。Sランクの冒険者にもなるのも夢じゃない!」
褒め殺しされて、頬を赤らめた彼女は、俯きながら静かに答えた。
「わ、分かりました。先生を信じます」
一連のやり取りを無言で見守っていたマーモスさんはにんまりと笑う。まるで、自分の育てた子供が旅立つかのように誇らしげであった。
「私の作った武器でこれから新たに伝説が出来ると思うとワクワクしてくるよ。そうは思わんか?」
マーモスさんの質問に俺は苦笑いした。横でユニも頬を緩めている。正直俺も楽しみだ。彼女がSランクの冒険者へと駆け上がっていくのを横で見ることが出来るからだ。
冒険者を引退したおっさん、腹ペコ僧侶の女の子を拾い、弟子にする。 中山 墨 @turupage
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます