第14話 腕相撲

「へへへ。どうした、嬢ちゃん? 賭け事に興味があるのかい?」


 上半身裸の男が、ニヤニヤしながら話しかけてくる。ユニの体を嘗め回して見る表情に酷い嫌悪感を抱く。彼女はそんな男の様子に気づいていない様子で、さらに接近し、台となっている大樽と男達の腕を見ている。


「ユニ、ここから離れるぞ」

「そんなつれないこと言うなよ、おっさん。せっかく、あんたの可愛い連れが興味持ってんのに、無視するするもんじゃねえよ」


 後からやって来た俺が気に入らなかったのか、上機嫌だった男は、露骨に嫌な顔をしてこちらを睨みつけてくる。こいつの睨む顔は怖くはない。しかし、賭け事に興味深々のこの娘をこの場からどう引き剥がしたものか頭を悩ませた。


「あんた達、今いくら持ってるんだい? 俺との勝負に勝てたら、持ち金を倍に増やしてやるぜ」

「え、本当ですか?」


 ユニは驚き、手で口を覆った。


 おいおい‥‥‥。このごろつき共にころっと騙されそうになっている彼女を見て、少し呆れてしまう。今までこういう経験もないんだな。逆に良かったかもしれないが。しかし、この娘に常識を植え付けるのは、なかなか骨が折れるな。


 そんなことを考えていると、ユニが勢い良く手を上げた。


「はい! 私、やります」

「おお、嬢ちゃんはノリが良いね」


 俺を抜きにして、勝手に話がどんどん進んでいく状況に、若干蚊帳の外にされている感覚を覚えた。いや、そんなことより、彼女が悪い出来事に巻き込まれないように注意しなくては。俺が静止しようと口を開きかえると、ユニはさっとこちらを振り返る。


「先生、私に任せてください! 先生には、お世話になっていますし、私の武器を購入するお金なら、自分でどうにかするべきだと思うんです」

「あ、いや‥‥‥」


 彼女にいつの間にかそんな心配をさせていたとは。自分が少し恥ずかしくなってきた。しかし、あの子が悪いことに巻き込まれてはいけないと左右に頭を振り、再び止めに入る。


 いや、待てよ。すっかり彼女の怪力を忘れていた。もしかして、腕相撲という勝負なら屈強な男達にも簡単に勝てるのではないかと考えを改める。


「分かった‥‥‥。君に任せるよ」


 俺は、諦め、既に敗北した敗者のようにお凸に右手を当て、途方に暮れる仕草をした。ちょっとオーバーリアクションだったか?ちらっと右手の指の間から相手を覗くと、すでに勝利を確信したとばかりにこぶしを上げて笑う間抜けな男達の顔が見えた。


 何に盛り上がっているのか分からないユニは不思議そうにごろつき共に近くに寄る。一人の男が、席を譲り、大樽に向かい合うような形で、3人の中でも一層屈強な男が彼女の前に立った。相手も容赦なしか。


 俺は静かに懐から巾着袋を取り出すと、中の金貨を大樽の傍の木材でできた台の上に置く。金貨を見ると男達の目の色が変わった。目の前の金はすでに自分達の物だとばかりに下品な笑い方をする。


 心配はないと思うが、念の為ユニの側に寄り、腕を組んで勝敗の行方を静かに見守る。二人共も大樽に肘をつき、差し出した右手を握って組む。ユニの随分余裕そうな表情に俺は違和感を覚える。


 この子、もしかして自身の馬鹿力に気づいている?


「ユニ、大丈夫か?」

「はい、任せてください! 村にいた時も、腕相撲やっていましたけど、全勝でしたよ。周りはおじいさんばかりでしたけどね」


 じいさん相手に圧勝して、自信満々なのかよ!と思わずツッコミたくなった。ちょっと能天気すぎないかと思ったが、そんなのは今に始まったことではなかった。彼女のマイペースな性格に慣れ始めている自分が怖い。


「ルールは分かってるみたいだな、嬢ちゃん」


 腕を組む男が不適な笑みを浮かべている。今からその自信が粉々に砕かれるのが楽しみだな。


「それじゃ、いくぞ! 3,2,1、始め!」


 始まりの合図が終わるや否や、男が大樽の側板に左手をついて押さえ、全体重をかけてユニの右手の甲を、大樽の鏡へ押し付けようとする。基本、腕相撲とは、体重をかけると反則という暗黙のルールがあるが、このごろつき共はお構いなしである。要は、勝ちさえすればいいのである。少女相手にも一切容赦無く、まるで、相手の腕がどうなろうと構わないと言いたげであった。


「!?」


 暫くして、下種な笑顔で余裕ぶっこいていた男が異変に気付く。少女の腕がビクともしないからである。まるで、石像と腕相撲をしているかのようで、静脈が浮き出る程力を入れても、ぴくりとも後ろに下がらないユニの右手を見て、絶望の表情をし始めた。俺は笑いを堪えることができず、噴き出してしまった。


「あの、もういいですか?」


 完全に圧倒的強者の風格を漂わせた少女は汗だくになり、顔を引きつらせている男に間の抜けた質問する。しかし、この行動がこのゴロツキのプライドを傷つけたのだろう。威厳を保つ為に尚も強気な姿勢を崩さなかった。


「あ、ああ。本気で来いよ! 嬢ちゃん」


 余計な一言を言ってしまったこの男は、少し遅れて自身の軽はずみな言動を呪ったが、すでに遅かった。


「分かりました。では、‥‥‥えい!」


 瞬間、目にも止まらぬ速さで、男の右手の甲が大樽の鏡に叩きつけられた。ばきっと凄まじい音を立てて、大樽は破壊された。バラバラになった大樽に使用されていた鉄や木材が風圧で周囲に吹き飛ばされ、散らばる。男は勢いで肩から、地面にぶち当たった。尚、地面は、街道と同じく固い石床である。その石床はヒビが入っていたので、叩きつけられた時の衝撃と激痛はどれ程のものだったか想像するのも恐ろしい。一つ言えるのは、男はその直後に失神してしまったことだ。恐らく腕は折れているだろう。本当に手加減しなかったんだな。


 当の本人は、自身の想定以上の力で、哀れなゴロツキをぶち倒してしまった事に驚いていた。


「だ、大丈夫ですか?」


 と言って、気を失っている男の様子を見ようとした時、悪人面の残りの二人が一斉に隠し持っていたナイフを手にした。


「くそ! この女にこんなでたらめな馬鹿力があるなんて聞いてねえぞ! 賭けはやめだ!」

「お前が勝負を台無しにした! 有り金全部置いていけ! それで見逃してやる」

「あ、あの、私‥‥‥」


 分かりやすくナイフの刃をチラつかせて、子悪党ムーブをかましてくれるのは助かる。ユニにどちらが悪党か理解させることが出来るからだ。と思ったが、彼女は俺の想像以上に純粋で、善悪の区別が付かないらしい。目の前の、敵意丸出しの相手にオロオロしてしまっている。俺はユニと男達の間に割って入った。


「待て。この子を傷つける行為は許さないぞ!」

「保護者は黙ってろ! これは嬢ちゃんと俺達の問題だ」

「正々堂々と勝負して、こちらが勝った。不正は一切してないぞ。それなのにこちらが金を払うのか?」

「‥‥‥黙れ!」


 激昂した男は、不意にナイフを構えると、頭を狙って突き刺して来た。しかし、俺は上半身だけ右に移動させて、ひょいと躱すと、攻撃を外し、ピンと伸びきった腕の中心を横から思いっきり殴った。男はたまらず悲鳴を上げる。殴られた箇所を見ると、腕は、あらぬ方向に曲がっていた。激痛で、立ち上がれずにいる大男の背後で、一回り小柄なゴロツキは、狼狽し、どすんと尻餅をついた。


「あ、あんた一体何者なんだ?」

「‥‥‥ただのこの子の保護者さ。賭けには勝ったんだ。金は貰っていくぞ。」


 俺は、小男からおそるおそる差し出される賞金を手に取る。先程の衝撃で散らばった金貨を拾い集めると、ユニを連れて元いた街道へ戻ろうしたが、ふと足を止め、床に金貨を2枚置いた。


「男二人の腕の治療代だ。好きに使え」


 そう言うと、茫然としているゴロツキ達を振り返らず、真っすぐ歩き始めた。街道を暫く歩くと黙って付いてきたユニが口を開いた。


「あの人達、大丈夫でしょうか?」

「あいつらの心配はしなくていいよ」


 俺は、彼女の方を見ず、冷ややかに言葉を返した。腕相撲の勝敗はやる前から分かり切っていた。だが、それよりもユニを危険な目に合わせたことは反省しなければな。一度そう考えたが、ふと、思い直す。いや、冒険者を続けていたら、あのような悪党とも何時か対峙しなけばならない。今回は、いい勉強になったのかも。そう自身に言い訳した。しかし、その何時かが来た時、この娘は立ち向かえるだろうか?俺は、急に心配になった。

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