5-5
十年前、ウイルスZに感染した〈俺〉は破壊に持ち込まれるはずだった。
――愁君を助けたいんです
ヒューマン地区の道端で、セーラー服を着た華奢な肩が震えている。
――私はロボット工学を学んで、必ず愁君を助けます
機能停止した〈俺〉のボディを隠し持つことは、法的にギリギリアウトだ。どうしてそこまで、と訊ねたのは雄大の声だった。濡れた瞳が眼鏡のレンズ越しに強い色を放った。
――HAIである愁君に、恋をしたからです
それは雄大による記録だった。いつの間にかフォルダの奥底で共有されていた十年前の映像が、芽吹くように〈俺〉の脳内で再生される。
重なった色彩が、ひとつの絵画として青春の情景を映していた。
それは、教室だった。海だった。家族の形だった。悠里自身の心だった。
「愁君」
悠里が俺の名前を呼ぶ。頬は涙で濡れていた。
「カカオのいる家に、一緒に帰りましょう」
誰もいない美術室には、絵具の匂いが充満していた。座り込んだ教室の床の冷たさが、デニムパンツを通じて人工的に造られた皮膚に浸透した。俺は悠里を抱きしめる。記憶されていたものと同じ柔らかさに気道が狭くなる感覚を抱き、目を閉じた。悠里の腕が背中にまわる。悠里の涙が俺のジャケットを濡らしていく。俺には持てないもの。
限りなく近づいた今の俺達には、言葉は必要なかった。
窓の向こうにある空が、眠っていた記憶を映し出す。悠里の制服姿、潮の匂いを伴った海風、ハート型のネックレス。キャンプファイヤーにフォークダンス、クラスメイト達の談笑、引き取ってくれた笹山夫妻。彼らは元気にしているだろうか。
皮膚を伝って伝導する悠里の体温が、俺に存在理由を教えてくれる。不老不死はもういらない。だから金も必要ない。スピードは違っても、流れ続ける時間の欠片をひとつずつ重ねていけるといい。わずかに開いた窓から入り込んだ風には、秋の気配が混ざっていた。
俺は悠里に恋をする。限りある時間のなかで、何度も、何度でも、恋をする。
〈了〉
僕は人間に恋をする 宮内ぱむ @pum-carriage
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