第11話:アイとユウキ
今日は、アイを身に着けないで登校した。
アイの言葉なんて今は聞きたくない。
わたしが声を取り戻したら、アイとお別れしないといけないなんて、信じたくない。
そう思ったら、アイを身に着けることができなかった。
スピーカーのついたペンダントも、骨伝導イヤホンも、ぜんぶカバンの奥に押し込んである。
胸と耳のあたりが、いつもより軽い。それが、すごくさびしい。
教室で席についた瞬間、朋美ちゃんが目を丸くする。
「……花音ちゃんー?」
筆談用のボードを見せる前に、わたしの首元を見てすぐに気づいたみたい。
「今日はー、アイちゃんをつけてないんだねー」
わたしは、こくんと小さくうなずいた。
朋美ちゃんは、わたしの心中を読みとったかのように、声のトーンを落とした。
「……元気ないけど、何かあったのー?」
わたしは、しばらく迷ってから、筆談ボードにペンを走らせる。
『わたし、アイとお別れしたくない』
「アイちゃんとお別れー? それってどういうことー?」
昨晩、アイと話したことを簡単に説明した。
朋美ちゃんは、黙ったまま筆談ボードの文字を追ってくれた。
一通り説明し終えると、朋美ちゃんはいつもの笑顔をわたしに向けた。
「……花音ちゃんはー、ずっとアイちゃんと一緒だったもんねー。わかるよー、その気持ちー。私だってアイちゃんとお別れしたくないもんー」
わたしはまた、うなずいた。
「でもねー、花音ちゃん。お別れしたくないのはー、アイちゃんも一緒だよー」
アイも……一緒?
わたしは顔を上げて、朋美ちゃんを見つめた。
「アイちゃんー、花音ちゃんのことー、大好きだもん-。お別れしたいはずないでしょー?」
その言葉に、胸が締めつけられる。
だったら……だったら、なんで急にお別れなんて言いだすの?
アイがいなくなったら、わたし、またひとりに戻っちゃう。
そう筆談ボードに書くと、朋美ちゃんが首を横にふった。
「花音ちゃんはひとりじゃないよー。私もー、結城くんもいるでしょー? 嫌だって言われてもー、ずっと一緒にいるよー?」
朋美ちゃんが、言い聞かせるように、でもやさしく続ける。
「でもー、アイちゃんは違うのー。いま、花音ちゃんがアイちゃんを避けたらー、アイちゃんはひとりになっちゃうよー? だからー、まずはちゃんとアイちゃんの話を聞いてあげてー? アイちゃんが花音ちゃんに伝えたいこと、ちゃんと聞いてあげてー?」
わたしは、そのときハッと気づいた。
アイの言葉を、わたし、ちゃんと聞こうとしなかった。
――もう、あんたの声なんか、聞きたくもない。
そう言われ続けて、傷ついて、声を出せなくなったわたしが、同じことをアイにしていたんだ。
わたしが呆然としていると、唐突に江利さんが現れた。
「わりーけど、話、聞かせてもらったわ」
江利さんは腕を組んで、わたしを見下ろしていた。
そして、「一度しか言わねーから、ちゃんと聞けよ」と前置きしたうえで、また唐突に「あんたは、スゲーやつだ」と言った。
突然のことにびっくりして、思わずまばたきしてしまう。
「あたしは、何度もあんたに嫌がらせをしてきた。なのに、あんたはあたしのこと、何度も助けてくれただろ。そんなこと、普通のやつにはできねーんだよ。あんたは、あんたが思っている以上にスゲーやつなんだよ」
江利さんはフンッと鼻を鳴らして、言葉を続ける。
「なのにさ、そんなスゲーやつが、何つまんないことで悩んでんの? あの人工知能のこと、本気で大事なんだろ? あたしなんかよりも、ずっと。だったら、いつまでも逃げてないで、あたしを救ったみたいに、あの人工知能の気持ちも救ってみせろよ」
江利さんの言葉は、鋭くて、まっすぐだった。
だから、その言葉は胸に刺さる。
そうだ……。そうだよね……。
アイは、ずっとわたしのそばにいてくれた。
苦しいときも辛いときも、わたしを助けてくれた。逃げずに向き合ってくれた。
なのに、わたしだけ、逃げていていいの?
「それじゃ、あのウザい人工知能に、いなくなってせいせいするって伝えといて」
江利さんは、それだけ言うと背を向けて歩き出した。
でも、ちょっとだけ赤くなった耳が見える。
それが妙に可愛くて、思わず朋美ちゃんと顔を見合わせて笑ってしまった。
「気合いれられちゃったねー。それでー、花音ちゃんはどうするのー?」
わたしはその問いにうなずいて返すと、カバンの中からアイをとりだした。
ペンダントを首にかけて、骨伝導イヤホンを耳にかける。
(……花音?)
聞きなれた、でもどこかおそるおそるとしたアイの声。
アイの声を聞いたのは、約半日ぶりだった。
ほんの半日。でも、すごく長かった気がする。
(ずっと……声、かけられんくて、ごめんな)
わたしは首をふる。わたしのほうこそ、ごめん。
ちゃんと向き合わなかったのは、わたしの方だから。
(花音……。うち、ひとつ謝りたいことがあるんや)
アイの声は、すこしだけ震えていた。
(うち、ずっと考えててん。なんで花音のリハビリにあんまり協力できひんかったんか。なんで、つっかえてもうたんかって)
わたしは、黙って聞く。
(うちな……怖かってん。花音の声が出るようになったら、お別れになってまうって)
……アイも、わたしと同じ気持ちでいてくれたんだね。
朋美ちゃんの言ってくれたとおりだった。
(校外学習のときは、怖うて動けんようになる気持ちなんてわからへんって言うたけど、今やったらようわかるわ。でもな、それってあかんやん。うちはな、花音が前向いて生きていくのを応援するために生まれてきたんやもん。……それやのに、自分のことばっか考えてもうてた)
それは、わたしも一緒だ。
わたしも自分のことばっかり考えて、アイの気持ちを聞こうとしなかった。
(でもな、うち、花音を見てて気づいたんよ。人間って成長できるんやって。変わるんってめっちゃ怖いはずやのに、それでも一歩ずつ前に進んでいけるんやって。……それでな、うちも変わらなあかんって思うた。人工知能かて成長したってええやろって)
アイは少しおどけたように言う。
(うち、夢を持ったんよ。人工知能やのにな)
夢?
(そや、夢や。これからうちは、花音みたいに声が出せんくて困ってる人たちのそばに寄り添って、支えて、成長のお手伝いがしたいんや。たくさんの人の声になってあげたい。花音に教えてもろたこと、もっといっぱいの人に教えてあげたいんよ)
わたしは、鼻の奥がツンとして、涙が出そうになった。
そんなすごい夢をアイが持ってくれたことが、うれしくてたまらなかった。
(だから、お願いがあるんや、花音)
少しの沈黙。
わたしは、小さくうなずいた。
(花音に、うちの最初の成功体験になってほしいんや。うちかて誰かの役に立てるってこと、証明するための最初の一歩になってほしいんよ。うちのこと……応援してくれへん?)
わたしは、ためらわずにうなずいた。
うれしくて、涙がにじみそうになるのをこらえながら、何度もうなずいた。
それを見ていた朋美ちゃんが、わたしの頭をやさしくなでてくれた。
* * *
終業式が終わった後、わたしは校庭の隅に向かって歩いていた。
誰もいない隅っこの木陰。そこに結城くんが待っていた。
「用ってなに?」
胸の奥がドクンと鳴った。
ペンダントに触れる指先が、ほんの少し震える。
だけど、もうアイには頼らない。
今ここにいるのは、わたし自身。
わたしの言葉で、わたしの声で、伝えるために。
見ていてね、アイ。
わたし、こわくても、ちゃんと自分の想いを伝えるよ。
アイが心配しなくてもいいように、ちゃんと自分の声で伝えるよ。
わたしがアイのおかげで成長できたって証明してみせるんだ……!
そっと深呼吸をして、アイを外した。
ペンダントと骨伝導イヤホンをにぎる手が熱い。
だけど、それ以上に、胸の奥が熱い。
口をひらく。声帯をふるわせる。
苦しい。緊張で、全身がこわばる。
でも、わたしは、逃げない。
「……ゆ、結城くん」
自分の声が、自分の耳に届いた。
まだかすれていて、たどたどしい。でも、確かに、わたし自身の声。
「す……好き……です……」
その瞬間、世界が止まったような気がした。
目の前にいる結城くんから目をそらしそうになる。でも、そらさない。
返事を聞くのが怖い。でも、どんな返事だって受け止めてみせる。
声を出すって、こんなに勇気がいるものなんだ。
誰かに自分の考えを伝えるって、こんなに怖くて、でも大事なことなんだ。
きっと、これから先も、自分の想いを伝えるのは怖い。
誰かの言葉を聞くのも、自分の言葉を届けるのも怖い。
だけど――。
それでも、わたしは伝えたい。
わたしの声で。
わたしの言葉で。
そう、思った。
声にならないキミへ ~わたしと人工知能の一学期~ ペーンネームはまだ無い @rice-steamer
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