並び咲く百合の花

 後日。

 莉珠は琉花を伴い、呪われていた少女、希美の元を訪ねた。


「お約束通り、お返し致しますわ」


 差し出したテディベアを大事そうに受け取ると、希美はやわらかく微笑んでお礼の言葉を口にした。


「昨日の夜、嘘みたいに痣が引いて……起きたら痕もなくなってたんです。お二人が助けてくださったんですよね?」

「ええ。原因は取り払いましたわ」


 そう莉珠が言うと、希美は不安そうにテディベアと莉珠を見比べた。言うべきかを悩む素振りを見せ、小さく俯いてから、怖々と切り出す。


「それで……本当に、このお守りが原因、だったんですか……?」

「ええ」


 莉珠がきっぱりと言い切ると、希美は勢いよく顔を上げた。

 その泣きそうな顔には信じられない、信じたくないと明確に書かれており、莉珠は言葉足らずを補足するべく、穏やかな口調で続ける。


「正確には、お守りに第三者が細工をしていたようですの。ですので、制作者である小石川さんは全く今回の騒動に関与しておりませんわ。それどころか……」

「希美!!」


 其処へ、何者かが勢いよく寮室に飛び込んで来た。転がり込むといっても過言ではないくらいの勢いで駆け込んできたのは、テディベアの制作者、小石川陽葵だった。


「治ったって本当!? もう何処も悪くない!?」


 勢いのままベッドに齧り付くと希美の両手を取り、必死に問いかける。その表情に取り繕いの色はなく、心から希美を案じていたことが窺える。


「ご覧の通りですわ」


 希美と陽葵両方に向けて莉珠が言うと、其処で漸く来客が来ていたことに気付いた陽葵が、慌てて立ち上がり頭を下げた。


「ご、ごめんなさい、先に来てた人がいたのね……」

「お気になさらないで。折角ですから、小石川さんにもご報告しますわ」


 莉珠は少しの憐憫を表情に乗せて、顛末を説明した。

 ぬいぐるみに細工したのは、笠崎信俊だったこと。彼は自らの呪いに蝕まれ、現在入院していること。そして呪いが僅かな痛みを伴う痣だけで済んでいたのはお守りに込められた純粋な祈りが作用していたお陰ということ。


「お心当たりについては訊かずにおきますわ。もう済んだことですもの」

「……ごめんなさい。ご迷惑をお掛けして」


 抑もの話、笠崎にしつこく言い寄られたからといって肝試しなどという子供じみた遊びに乗らなければこんなことにはならなかったのだ。陽葵と希美が落ち込んだ顔で頭を下げると、莉珠は優しく「あまり気に病まれないことですわ」と告げた。


「さあ、わたくしたちは戻りましょう」

「はい、お姉様」


 莉珠と琉花が出口へ向かおうとすると、その背に、希美が「あの」と声をかけた。振り返ると希美と陽葵が寄り添いながら手を取り合って莉珠を見つめている。


「本当に、ありがとうございました」


 二人に微笑を返し、莉珠と琉花は今度こそ寮室を出た。

 指を絡め、やわらかく握りながら、莉珠の寮室を目指して廊下を進む。女子寮内は突然降って湧いた休日ということもあり賑やかで、そこかしこから生徒の声がする。一階の談話室や二階の娯楽室などは廊下の比ではない賑わいだろう。

 二人はそんな賑やかさから逃れるように、四階にある莉珠の部屋に入った。


「さっきの二人、とても仲良しでしたね」

「ええ、そうね。そんな二人の仲を裂こうとするなんて、いけない人……」


 並んでソファに座り、琉花の肩を抱き寄せる。

 絹糸の如き琉花の白髪を指先に絡め、唇を寄せて目を閉じた。


「……ねえお姉様。お姉様は、あのとき笠崎先輩が言っていた言葉の意味がわかっていらっしゃるのです?」


 不思議そうな琉花の丸い瞳を見つめ、莉珠は淡く微笑って見せた。


「振られ男の八つ当たりですわ」

「……??」


 蓋を開けてしまえば、なんて下らない話だろうか。

 しかし、理由はどうあれ用いた呪いが悪質だった。

 ネットで聞きかじった程度の知識で行った半端物で、本職の呪詛師によるものではなかったがゆえに痣の発現だけで済んでいたが、放置すれば一生残る傷になっていたことだろう。

 彼は自慢の容姿と甘い言葉で女生徒の心を弄ぶ歪んだ趣味の持ち主だった。特に、仲の良い友人同士のあいだに割り込んで暗に二人を競わせ、友情を崩壊させることにこの上ない悦びを覚える質の人間だった。しかし外面を繕う手腕に長けているため、殆どの生徒は彼の歪みきった本性を知らない。笠崎がひどい人間だと訴えても、その生徒は笠崎に振られたことが既に知れ渡っている。ゆえに負け惜しみだと捉えられてしまい、誰にも真実の声は届かない。

 希美と陽葵は、特別慕っても疎んでもいなかった。他のクラスメイトと同じ知人という括りに彼を置いていた。

 それが却って、彼のプライドに火を付けたのだ。

 自分は黙っていても女子のほうから寄ってくる特別な人間だというのに、と。

 全く靡かない二人をどうにかして落とそうと、優しく声をかけ、さりげなく距離を詰めようとした。だが、希美は陽葵以外の人間を傍に置こうとはしなかった。陽葵も希美の傍を離れなかった。

 其処で大人しく身を引いていれば良かったのだが。

 ある日彼は、陽葵の所属する手芸部部室で作りかけのぬいぐるみを見つけた。首と胴体を縫い付ける直前のようだった。それをみたとき、この上ない好機だと思った。思ってしまった。

 希美に相手にされなかったときに腹いせで作った、付け焼刃の蠱毒。箱詰めにした毒虫は殆ど共食いすることなく酸欠で死んでいたが、それでも虫の死骸は女子相手の嫌がらせとして送りつけるには充分過ぎると思っていたところだった。

 箱ごと虫を送るより、ぬいぐるみに虫を詰めてやったほうが、勝手に仲違いをしてくれるのではないか。所詮女の友情など泡沫の夢。これまでがそうだったように軽いきっかけで崩れるようなものなのだから。

 亀裂が入ったところで優しく慰めて、自分の手の中に落ちてくればいい。そんな、情慾塗れの歪んだ呪いをねじ込まれたため、テディベアに込められた念が複雑化していたのだ。

 余分なものを取り払ってしまえば何のことはない。大切な友人の無事と平穏を願う優しいお守りだった。


「笠崎先輩、あのまま死んでしまいましたのです?」

「いいえ、生きてはいますわよ。ただ……二度と女生徒にチヤホヤされることはないでしょうね」


 毒虫の群に全身食い荒らされた笠崎が発見されたのは、早朝のことだった。

 彼が部活で使うと言って毒虫を集めていたことは警備員や用務員を中心に知られていたため、彼自身の管理不行き届きによる事故とされた。

 そして逃げた毒虫がまだ校舎にいるかも知れないからと、臨時休校となったのだ。いまごろ特別棟周辺は、殺虫剤を抱えた業者が練り歩いていることだろう。

 病院に運び込まれた笠崎は自身の顔を見て悲鳴を上げ、激しく錯乱したため、拘束された状態で個室に入院しているという。

 醜く赤く腫れ上がり、膿が溜まり、噛み傷が無数に残った無残な顔。治療をしても完全に傷跡が消えることはないだろうと言われている。


「やっぱり嘘は良くないのです」

「そうね。あなたはいつまでも、素直で可愛いお人形さんでいて頂戴ね」

「はい、お姉様」


 しなやかな莉珠の手が、琉花の頬を包む。

 甘い唇がそっと琉花の唇を塞いで、やわらかな腕に包まれる。

 琉花は愛しい人の細い体を抱き返しながら、擽ったそうに微笑った。



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百合は摘まずに愛でるもの 宵宮祀花 @ambrosiaxxx

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