自業自得
放課後、黄昏が校舎を朱く染める頃。
科学実習室をノックする音で、笠崎信俊はラップトップから顔を上げた。
入口のほうを見れば、艶めく長い黒髪を背に靡かせた和風美少女と、内巻きボブの白髪に赤メッシュを入れた、幼い面差しをした小柄な少女がいた。
彼女たちは色々な意味で有名な二人組だ。一年にして生徒会役員に選ばれた上に、片や並みの芸能人程度では逆立ちしても敵わないほどの美少女。片やそんな国宝級の美少女をお姉様と呼び慕う同い年のアルビノ少女。全寮制のマンモス校であっても、彼女たちを知らない生徒はいないと言われるほどの有名人である。
片方は先日小石川陽葵ともう一人の友人を伴って生徒会室へ相談に行った際、顔を合わせている。笠崎は小石川を宥めていて、ろくに会話をしていなかったが。
「やあ。どうしたのかな?」
「先輩に質問したいことがあって参りましたの」
胸元に手を添え、上目遣いで笠崎を見つめる莉珠。
笠崎はその表情に覚えがあった。色目を使う女の顔だ。
「なにかな? 一年生の授業範囲なら僕もわかるから、教えられると思うよ」
爽やかな面差しに、甘めの声。ミルクティブラウンに染めた髪と、長身且つ適度に引き締まった体躯。科学部という若干マニアックな部に所属していながらもオタクと嘲笑されない、場の空気を適切に読み取り舵を取る巧みなコミュニケーション能力。
端的に言うなれば、笠崎は女子生徒にモテるタイプの青年だった。そして、それを自覚しているタイプでもあった。
先輩後輩同級生問わず、彼に告白して玉砕した女子生徒は多い。
しかし、誰もが羨む美少女である莉珠なら自分が暫く侍らすに相応しいと、笠崎は判断した。隣に余計なものが着いてきているが、女ならどうとでもなる。
「此方、ご存知でなくて?」
下心を隠して人好きのする笑みを浮かべて近付く笠崎に、莉珠は背後に隠していた左手を眼前に翳した。白魚の指にはテディベアのキーチェーンが絡みついている。
それを目にした笠崎の顔色が、サッと青くなった。
「……っ、……いや、見たことないものだな。落とし物かい?」
「いいえ」
――――ひとつ。
艶やかに微笑み、莉珠はふいと部屋の奥へ視線を送る。視線の先には真新しい木で出来た箱がある。
そして左手を真横に伸ばすと、傍で佇んでいた琉花へ、指先から滑り落とすようにしてテディベアを手渡した。琉花の小さな手の中に、愛らしいテディベアが落ちる。
その瞬間、テディベアから赤黒い雫が琉花の足元に滴り落ちたかと思うと、室内に爆発したような突風が吹き上がった。
「うわっ!?」
風に煽られ、笠崎が反射的に目を瞑る。
背後に数歩
蓋が空いて、中身が――――大量の毒虫の死体が、床に零れ出ていた。
「あら、それは……?」
「っ……! し、知らない!」
――――ふたつ。
笠崎が叫んだ瞬間、それに呼応するかのようにまた風が吹いた。生臭く生暖かい、嫌な気配をはらんだ風だ。獣の熱い呼気を、頬に吐きかけられたかのような。
「いけませんわ。それ以上嘘を重ねては」
憐れむような莉珠の目が、笠崎に注がれる。
しかしその忠告を彼が聞き入れることはなかった。焦りと苛立ちを露わに、叫ぶ。
「知らない! そんな汚いぬいぐるみも、こんな箱も俺は……」
――――みっつ。
ああ、と哀しげな溜息が莉珠の薔薇の花弁の如き唇から漏れる。
「お姉様。お姉様。琉花は哀しいです」
それまで黙って控えていた琉花が、歌うように囁いた。両手で小さなテディベアを抱きしめながら、紅い瞳を潤ませて。いつの間にか白目の部分が黒く染まっていて、彼女の足元から赤黒い影が触手のように伸びていた。
「三つ重ねた偽りは、慈悲の放棄を宣言するのと同じなのです」
「う、うわあああ!?」
情けない悲鳴を上げて尻餅をついた笠崎を、二人の少女が見下ろす。
心底から憐憫を零している表情で、しかし二人ともただ憐れむのみで慈悲を与えるつもりはないらしく、手を差し伸べることはしなかった。
何故なら笠崎は、自ら救われる途を投げ捨てたのだから。
「ば、化物ッ! 近寄るなァ!!」
大声で喚きながら、笠崎は手に触れた木箱を琉花に投げつけた。半端に飛び出していた中身が軌跡を描いて、琉花の影に落ちる。
「わたくしのお人形さんに、それは逆効果ですわね」
莉珠はそう言うと琉花を優しく抱き寄せ、額にキスをした。琉花の純白の肌が淡い桜色に染まる。グラスアイを思わせる無機質な赤い瞳が、笠崎を無感情に見下ろす。
琉花の足元から伸びる影は虫の死骸を吸収すると大きなムカデの形となり、笠崎に覆い被さった。
「ひっ……やめ……うああああっ! 違う! 俺が悪いんじゃない! アイツが……あの女がッ! この俺が誘ってやったのに、なのにっ!!」
ムカデに襲われながら言い訳を喚き散らしていた笠崎だったが、やがて喚く声も、藻掻く手足も、力を失って静かになっていった。
黒く闇で塗り潰したようなムカデの影がとけるように消え、あとには無数の毒虫に全身を食い荒らされた無惨な姿で横たわる笠崎だけが残されていた。
「わたくしの可愛いお人形さん。今日もありがとう」
「お姉様のためですもの、これくらいどうということはないのです」
白く繊細な指先で優しく顎を掬い上げる莉珠をうっとりと見上げ、琉花は無邪気に微笑う。莉珠の薔薇色の唇が、ご褒美とばかりに琉花の稚い唇を甘やかに塞ぐ。頬を喜色に染めて恥じらい、長い睫毛を震わせる琉花を抱きしめ、莉珠は愛おしげに頭を撫でた。
二人の足元には、体から千切られたムカデの頭部が寂しげに落ちていた。
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