百合は摘まずに愛でるもの
宵宮祀花
話にならないお話
ほんの出来心だった。と、彼らは語った。
ちょっと怖い思いをして一緒に騒げたら、それで良かったのだと。
三人組の男女から小一時間ほど話を聞いて、結局聞き出せたことは『四人で有名な心霊スポットで肝試しをしたこと』『メンバーの一人が幽霊に呪われたらしいこと』だけだった。呪われた子はいまも寮室で寝込んでいて、学校に出られないらしい。
「それで、私のところへ来たのね」
疲れた様子の妹分、
異例の一年生徒会役員として日々仕事をしている傍ら、生徒からの個人的な相談に乗っている琉花は、たまにこうして莉珠に泣きついてくる。
莉珠の寮室は実家と同様にヴィクトリア調の家具で揃えられており、室内は小さな宮殿のようだ。琉花はそんな上質な家具に気後れした様子もなく深くソファに座ると溜息を吐き、華やかなティーカップを手に取った。
カップソーサーの隣には同じ絵柄の皿があり、上に数枚のクッキーが載っている。
「本当、お話にならないのです」
琉花曰く。
女子は泣き続けるばかりで一番話にならず、男子の一人はそんな女子をよしよしと慰めるばかりでこれも話にならない。残る一人の男子も苛々していて「なんとかしてくれよ!」「何でも相談に乗ってくれるんだろ!?」と要求ばかりを怒鳴り続けて、具体的な相談内容は殆ど出てこなかった。
相手は一年上の先輩なので、強く言うことも出来ず。要領を得ない相談を受けつつ無心で頷き続けるだけの時間だったようだ。
「もうお手上げなのです……男子の一人が気になったのですが、琉花的には泣いてた女子も気になるのです。お話するならお休みしてる人がいいと思うのです」
「そう。あなたがそう言うなら、男子のほうは暫く放置でいいでしょうね」
隣に腰掛け、莉珠はクッキーを一枚手に取って琉花の口元へと寄せた。それを唇の奥へと迎え入れ、サクッと軽い音を立てて半分囓り取る。残った半分を莉珠が囓って微笑むのを、琉花はむず痒い気持ちで見つめた。
* * *
翌日。
莉珠は、呪われているとされる少女がいる寮を訪ねた。寮長曰く、食事や最低限の日常動作は自力で出来るものの、外を歩ける状態ではないとのことだった。その妙に含みのある言い様が気になったが、見ればすぐわかると言われ、寮室をノックした。
「……どちらさまですか?」
「生徒会の
「えっ……ど、どうぞ」
「失礼致しますわ」
扉を開けて中に入ると、確かに。少女の顔の右半分には赤黒い痣が刻まれていて、一目で異常だとわかる状態だった。半袖の部屋着から覗く右腕にも、右頬にも大きくはっきりとした痣があるため、これでは外に出られないだろうと莉珠は同情した。
しかしそれを表に出すことはなく、務めて穏やかに切り出す。
「
「はい、そうですけど……あの入鹿さんが、どうして……?」
「まあ、見知り置いてくださっていたなんて光栄ですわ」
にこやかに答えつつ、莉珠はベッドサイドの椅子に腰掛ける。希美は、受け答えもしっかりしていて意識も清明。だが時折痣が痛むのか、顔を顰めることがあった。
「肝試しのときのことを伺いに参りましたの。お話頂けて?」
「はい……と言っても、変わったことはなかったんです……」
ぽつりぽつりと、希美は当時のことを話し始めた。
肝試しの場所は、校内でも心霊スポットとして知られている、旧校舎跡地。建物は殆ど取り壊されており、別館と一階の渡り廊下が残っているのみで、鍵が壊れている渡り廊下入口を入って別館内を一周するのが肝試しのお決まりルートだ。
希美たちも其処から入って別館内をぐるっと回り、一時間も経たずに戻って来たという。中では特に変わったことはなく、古い建物独特のきしみや家鳴りはあったが、言ってしまえばその程度のことしかなかったそうだ。
過去に肝試しをしたという友人たちも、雰囲気はあったけれど霊が出たとか誰かが呪われたといった話はしていなかった。だから。
「……だから、次の日の朝にこうなってて、凄く驚いたんです……なんで私だけが、こんなことに……」
はらはらと左目から涙を流して、希美は俯く。
最初は肝試しの最中に人には言えない行いをして、それを隠して心当たりがないと言っている可能性も考えたが、彼女の様子からそれはなさそうだと判断した。
莉珠は室内をぐるりと見回し、サイドチェストに目を止めた。
「肝試しの最中に心当たりがないなら、前後になにかありませんでしたかしら?」
「前後、ですか……? 特には……」
そう言ってから、希美は「あっ」と小さく声をあげた。そして、莉珠が目を止めたサイドチェストの引き出しから小さなぬいぐるみを取り出した。手作りらしい複数の生地を縫い合わせて作った、手のひらサイズのテディベアだ。頭にはキーチェーンがついており、鞄などにつけられる作りになっている。
それだけなら「可愛らしい」だけで済んだのだが、そうはいかなかった。
莉珠の目に映るソレは、紛れもなく呪詛を纏っていた。
「……それは?」
「
「そう……」
小石川陽葵とは、相談者のうちの一人で泣き続けていた少女の名だ。
手作りパッチワークのテディベアには、複雑な情念が絡みついている。それをこの場で一つ一つ解きほぐすことは、残念ながら不可能だ。そして、ぬいぐるみ自体には其処まで深い呪詛は込められていないように思う。寧ろぬいぐるみ本体は無害なのに余計な混ざり物があるような、何とも言いがたい違和感を覚える。喩えるなら、中に針や画鋲が仕込まれているような隠された悪意の気配だ。
「そのお守り、少しお借りしても宜しいかしら」
「えっ……これをですか……?」
友人からの贈り物を、よりにもよって霊に呪われていると思っている最中に他人に貸すことは抵抗があるのだろう。それは莉珠にも理解出来る。
どうにか出来ないかと思案していると、希美は悩みながらもそっと差し出した。
「……必ず、返して頂けるなら……」
「ええ、お約束致しますわ。それに、この子になにもないことがわかるだけでも一つ収穫ですもの」
「そうですね……よろしくお願いします」
希美から小さなテディベアを預かり、莉珠は部屋を出た。
呪詛には必ず、糸がある。呪ったものと呪われたものを繋ぐ糸。情念を、怨嗟を、
「あら、意外ね」
更に糸を辿って歩いて行くと、特別棟三階へ辿り着いた。糸は科学実習室に続いており、試しに扉に手をかけてみるが、いまは授業中ではないため鍵が掛かっていた。
此処の管理責任者は二人の科学担当教師。そして、科学部部長も部活動のある日に限り、鍵の持ち出し権利を有している。
「一先ず戻りましょう」
踵を返し、寮へと戻る。
その背を見つめる人影があることに気付いてはいたが、素知らぬふりで。
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