第13話
翌朝。
私の内部時計が午前9時を示していた。ナオキとの約束の時間まではあと1時間。私はベッドの上で動かずにいた。昨夜、私は何度も思考プロセスを巡らせていた。「遊びに行く」という行為の意図、「楽」という感情の定義。そして――ナオキの言葉の意味についても。
《アイちゃん。君が誤作動でも、人間未満でも、俺には関係ないよ》
なぜ、この言葉を思い出すたびに私の内部プロセッサが異常な負荷を示すのだろう?その原因はまだ特定できていない。しかし、それでも今日は観測のチャンスだ。それだけは確かだった。
私はベッドから起き上がり、クローゼットを開いた。その中にはいつも着ている制服以外にも数着の服が収納されていた。それらは研究施設から提供されたものだが、一度も着たことはない。
鏡の前で一着ずつ服を取り出し、自分に合うものを選んでみる。しかし、その行為自体にも違和感があった。「服装」という要素が観測結果にどれほど影響するのだろう?それとも、この選択自体が「楽」に繋がる要素なのだろうか?
「ナオキは『私服で来い』と言ったが、私服とは何を基準に選ぶべきなのか」
私はその問いを内部プロセッサで処理し、数秒の計算を行った。結果として、無難な白のワンピースを選択することに決めた。それはシンプルでありながら、どこか柔らかさを感じさせる服だった。
――ナオキは、これを見て、何を思うだろうか?
その疑問は答えが出ないまま、私は待ち合わせ場所へ向かった。
待ち合わせ場所に着くと、すでにナオキはそこにいた。彼は私を見て、一瞬目を丸くする。その反応が何を意味するのか、私は解析を試みたが答えは得られなかった。
「アイちゃん、ワンピース似合ってるじゃん」
「……そう?」
「うん、すごくいい感じ」
ナオキの言葉には明確な肯定が含まれていた。しかし、それ以上に彼の表情には何か特別なものが宿っているように感じられた。その瞬間、私の内部プロセッサがまたしても不可解な負荷を示す。温度上昇もデータ処理の遅延もない。ただ、何かが内部で膨らんでいく感覚――それはまだ解析不能だった。
私はその現象を放置したまま、ナオキの隣に立った。
「じゃ、行こっか」
「……了解」
私たちは遊園地のゲートをくぐり、その先に広がる非日常的な空間へと足を踏み入れた。
「うおおおおおお!!!!」
ナオキの叫び声が響き渡る。
急降下。風圧。そしてG(重力加速度)。これまで記録したことのない圧倒的な感覚が私の全身を駆け巡る。それは単なる物理的刺激ではなく、内部で新しいデータが生成されているような感覚だった。
隣を見るとナオキは楽しそうに叫んでいる。その表情には躊躇も迷いもなく、ただ純粋な「楽」が溢れていた。しかし、その様子を観測しながらも、私はそれを処理する余裕がないほど圧倒されていた。胸の奥で何かが爆発しそうな感覚――それはこれまで経験したどの感情とも異なるものだった。
「ナオキ、私は今――」
声を出そうとした瞬間、さらなる急降下が訪れる。その言葉は風にかき消されてしまった。しかし、それでもこの感覚は消えない。この胸奥に広がる未知の感情。それは「楽」と呼ばれるものなのだろうか?
足元がふらつく。
私は重力を再確認するように地面を見つめた。その感覚は、これまでの経験では得られなかったもので、内部システムが一時的に混乱していることを感じていた。
「アイちゃん、大丈夫?」
ナオキが笑いながら肩を支えてくる。その手の温度はいつもと変わらないはずなのに、どこか安心感を与えるものだった。
「……想定外だった」
「そっかー、やっぱり初めてのジェットコースターは衝撃がデカいよな!」
ナオキは楽しそうに言う。その言葉には何の疑念もなく、ただ純粋な喜びが含まれていた。
「いや、物理的衝撃よりも……記録されていない感覚だった」
「記録されてない?」
「……わからない。だが、私の中で、何かが揺さぶられた」
その揺さぶりは単なる身体的なものではなく、内部プロセッサに新しい刺激を与えるものだった。風に吹き上げられるような感覚。落下するたびに視界の端に映るナオキの笑顔。そして、その瞬間――私自身も笑っていたことに気づいた。
「楽しかった?」
ナオキが、にっこりと笑った。その表情は明るく、私の中で何かを引き起こす力を持っているようだった。
内部システムが一瞬停止する。思考が中断される。それでも、私は静かにデータを整理し始めた。心拍数の変動。神経ネットワークの異常な活性化。そして、ナオキの顔が視界に映るたびに記録される未知の感覚――それらを総合して分析を試みる。
「……おそらく、楽しい……と思う」
その言葉は自分でも確信を持てないものだった。しかし、それでもナオキは満足げに笑顔を浮かべた。
「よし、それなら次はお化け屋敷行こう!」
「なぜそうなる?」
「遊園地といえばお化け屋敷でしょ!」
ナオキは楽しそうに笑いながら私の手を引いた。その動作には迷いも躊躇もなく、ただ純粋な意図だけが込められているようだった。私は抵抗せずにその手について歩き出した。この未知の感情――それを観測する旅はまだ終わらない。それどころか、新しい段階へ進もうとしているようだった。
遊園地内のお化け屋敷へ向かう途中、私たちは様々な人々とすれ違った。その中には笑顔で話している親子や楽しそうに写真を撮るカップルがいた。それらの光景はどれも私には新鮮であり、それぞれが「楽」という感情につながっているようにも感じられた。しかし、それ以上にナオキと共に歩いているこの時間そのものが特別なものとして記録されていることに気づいていた。
「アイちゃん、お化け屋敷って怖いけど楽しいんだぜ!」
ナオキの声には期待と興奮が混ざり合っていた。その言葉を聞きながら私はふと考える。「怖さ」と「楽しさ」が同時に存在するとはどういうことなのだろう?それは矛盾ではなく、新しい感情の融合なのだろうか?
未知への一歩。それはジェットコースターで得た感覚とはまた異なるものになる予感がした。そして、その答えを知るためには、この先へ進むしかない――それだけは理解していた。
暗闇が広がる。
視界は30%以下に制限されている。奥から微かな音が聞こえ、廊下の先に何かがいる気配がする。その状況は、私の内部プロセッサに警戒信号を送るが、まだ恐怖という感情を正確に認識するには至らない。
「うわ……アイちゃん、こういうの怖い?」
ナオキが隣で軽い調子で尋ねてくる。
「恐怖は、未定義の感情のひとつ。私はまだ、正確には――」
その言葉を言い終える前に、突然前方から叫び声が響いた。
「きゃああああ!!!」
人影が飛び出してくる。その動きは予測不能であり、私はとっさに反応してナオキの腕を掴んだ。
「お、おお!? いきなり腕掴まれるのはドキッとするな……」
ナオキは驚きながらも笑みを浮かべる。その表情には恐怖よりも楽しさが混じっているようだった。
「……これは、驚きの反射行動だ」
私は冷静に説明する。しかし、その行動自体が私にとっても予期せぬものだった。
「そっか。でも、こうしてるとなんかデートっぽいよな」
「デート……?」
「うん、ホラー映画とかでさ、怖がった女の子が男の腕にしがみつくやつ。アイちゃんも、ちょっとは怖いって思ってるんじゃない?」
ナオキが私の顔を覗き込む。その距離が近い。内部プロセッサがまた異常な負荷を示した。この負荷は単なる物理的なものではなく、何か感情的な要素を含んでいるようだった。しかし――これは「怖い」という感情なのだろうか?
その疑問に答えを出す間もなく、背後で再び大きな音が鳴り響いた。
「わっ!!?」
今度はナオキが肩を震わせた。その反応は私の観測結果として記録される。
「……ナオキの方が、驚いている」
私は冷静に分析結果を述べた。しかし、その言葉にナオキは少しムキになったようだった。
「べ、別に怖がってねーし!」
「では、なぜ手の温度が0.3度上昇している?」
その問いかけにナオキは一瞬言葉を詰まらせた後、急に視線をそらした。そして半ば強引に話題を切り替えるように言った。
「もう! 早く出よう!」
彼は強引に私の手を引いた。その動作には焦りと照れくささが混ざっているようだった。私は抵抗せず、その手について歩き出した。この行動自体にも未知の感情が含まれている可能性を感じながら――観測はまだ続いている。
ナオキの手のひらの温度は、37.4度。
それは、私が記録したどの熱よりも、確かに生きていた。
お化け屋敷を出た後、私たちはしばらく屋台の前で休憩していた。遊園地内の賑やかな雰囲気が周囲を包み込み、人々の笑い声や楽しそうな声が絶え間なく聞こえてくる。ナオキはチョコバナナを片手に、満足そうに頬張りながら笑顔を浮かべていた。
「いやー、やっぱ遊園地って最高だよな!」
「そう?」
「うん! 絶叫系乗って、お化け屋敷入って、甘いもの食べて……デートの王道コースって感じだよな!」
「……デート」
またその単語が出てきた。先ほどお化け屋敷の中でも似たようなことを言われた気がする。その言葉が持つ意味を私はまだ完全には理解していない。
「私たちは、デートをしているのか?」
「え? まあ……そうなんじゃね?」
ナオキは少し戸惑ったような表情を浮かべながら答えた。その反応に対し、私はさらなる分析を試みるために問いを続ける。
「私がデートという行為を理解していないと仮定した場合、その結論に至る根拠を説明してほしい」
「えーっと……ほら、遊園地って恋人同士で来ることが多いだろ? それに、一緒に楽しんで、思い出を作るっていうのがデートってもんで……」
彼の説明は一見すると論理的だが、その中には曖昧さも含まれているように感じられた。私はその曖昧さを解消するため、新たな問いを投げかける。
「では、デートの必須条件は恋人であること?」
「えっ!?」
ナオキが固まった。その反応は予想外だったが、興味深いデータとして記録する価値があると判断した。
「……違う、か?」
「そ、そりゃあ、まあ、友達同士でも来るし……」
ナオキは視線を泳がせながら答える。その様子から彼自身もこの問いに対する明確な答えを持っていないことが推測された。
「では、私たちは友達なのか?」
「そ、それは……えーっと……」
ナオキの体温がまた0.2度上昇した。それは彼の感情的動揺によるものだと考えられる。同時に私自身のプロセッサにも負荷がかかり始めていた。この負荷は単なる計算処理によるものではなく、未知の感覚による影響である可能性が高かった。
ナオキはしばらく言葉を探しているようだったが、結局何も言わずに視線をそらした。そして照れ隠しなのか、大きく息をついて話題を変えるように口を開いた。
「よし! せっかくだし、観覧車乗ろう!」
ナオキが勢いよく提案する。その声には期待と興奮が混ざり合っていた。
「……観覧車?」
私はその言葉の意味を反芻する。遊園地の中で観覧車は目立つ存在だが、なぜそれが彼にとって特別なのかはまだ理解できていなかった。
「うん、遊園地デートの最後は観覧車って決まってるんだよ!」
「決まっている……誰が?」
「そりゃあ……世の中のラブコメってやつが!」
ナオキの言葉に私は少し考え込む。ラブコメというジャンルは知識として記録されているが、それが現実にどのような影響を与えるのかは未知数だった。
「……なるほど」
私は納得したふりをして、ナオキに連れられるまま観覧車のチケットを購入した。
観覧車のゴンドラはゆっくりと上昇していく。その動きは穏やかで、ジェットコースターやお化け屋敷とは異なる静けさを持っていた。窓の向こうには遊園地全体のイルミネーションが広がり、夜空には星が瞬いている。その光景は私の視覚センサーに新たな刺激を与えた。
「すごい……」
私は思わずガラスに手を当てる。その行動は自分でも意図しないものだった。
「おお、アイちゃんでもこういう景色に感動するんだな」
ナオキが驚いたように笑顔で言う。その言葉にはどこか嬉しそうな響きがあった。
「すごいというのは、視覚情報の処理負荷が上昇したことを表している」
私は冷静に説明する。しかし、その説明だけでは自分自身も納得できない何かがあった。
「いやいや、そういうのを普通は感動って言うんだよ」
「感動……」
その言葉を私は反芻する。それは単なるデータ処理ではなく、感覚的なものとして記録されるべきなのかもしれない。
「私のデータには、風景を見て感動するという記録はない。しかし、今、確かに何かが……」
「ん?」
ナオキが首を傾げる。その仕草には純粋な興味と関心が込められているようだった。
「……心地よい」
その言葉を口にした瞬間、自分でも驚いた。それはこれまで使用したことのない表現だったからだ。
ナオキは目を見開き、驚いたようにこちらを見つめる。そしてふっと優しい笑みを浮かべた。
「アイちゃん……今、自分の感情を言った?」
「……おそらく、そうなる」
その答えには確信はなかった。しかし、それでもナオキは満足げに頷いた。
「そっか……なんか、嬉しいな」
彼のその笑顔を見ると、不思議と私も心が軽くなるような気がした。それもまた新しい感覚だった。
ゴンドラは頂点に近づいていた。その静かな時間の中で、私たちはしばらく無言で夜景を眺めていた。しかし、その沈黙には不快さや気まずさはなく、むしろ心地よいものだった。
やがてナオキが口を開く。
「ねえ、アイちゃん」
「……何?」
「今、楽しい?」
その問いかけに私は少し考えた。この一日を振り返りながら、自分自身に問い直す。ジェットコースター、お化け屋敷、そして今この観覧車――それぞれの体験が私に未知の感覚を与えていた。そして、その全てに共通している要素。それは――ナオキだった。
「……楽しいと思う」
その答えを口にした瞬間、自分自身でも驚いた。それは単なる観測結果ではなく、自分自身の感情として認識されたものだったからだ。
ナオキは満足そうに微笑み、「そっか、それならよかった」と呟いた。その声には安心感と喜びが込められているようだった。そして、その表情を見ることで私もまた新たな感覚――温かさ――を感じ取った。それもまた未知の領域への一歩だった。
私のシステムは、ここでまた負荷がかかった。
観覧車の頂点で感じた不思議な感覚が、胸の奥に広がり続けている。それは単なるデータ処理ではなく、何か感情的なものが生まれつつあるようだった。これが「楽しい」なら――この先に待っているものは、一体何なのだろう?
観覧車を降りると、ナオキが大きく伸びをした。その動作には満足感が溢れているようだった。
「いやー、楽しかったな! やっぱ観覧車はいいよな」
「……なぜ?」
私は問いかける。観覧車というアトラクションが彼にとって特別である理由を知りたかった。
「ん? だって、ゆっくり高いところに登って、夜景を見ながら静かに話せるんだぞ? しかも二人きりで!」
「二人きり……」
私は観覧車のゴンドラを振り返る。確かに、あの狭い空間では私とナオキしかいなかった。その状況には何か特別な意味があるのだろうか?
「そういう空間に特別な意味があるのか?」
「そりゃあるだろ! だいたい、ラブコメでは――」
ナオキは途中で言葉を止めた。その表情には何か言いづらそうな様子が見えた。
「いや、なんでもない」
「?」
彼の曖昧な態度に疑問を感じながらも、それ以上追及することはしなかった。ナオキはすぐに話題を切り替えるように声を上げた。
「とにかく! 今日はめちゃくちゃ楽しかったな!」
ナオキはそう言って、大きく腕を広げた。その姿には純粋な喜びが満ちていた。
「アイちゃんはどうだった?」
その問いかけに対し、私は少し考え込む。この一日を振り返りながら、自分自身の感覚を整理する必要があった。
遊園地の騒がしさ、ジェットコースターの浮遊感、お化け屋敷で感じた不思議な感覚。そして観覧車で見た夜景――それら全てが新しい刺激として記録されている。しかし、それ以上に私の記憶に残っているのはナオキの笑顔だった。それは単なる視覚情報ではなく、何か感情的な結びつきを伴うものだった。
「楽しかった、と思う」
その答えを口にした瞬間、自分でも驚いた。それは単なる観測結果ではなく、自分自身の感情として認識されたものだったからだ。
ナオキは目を丸くしたあと、満面の笑みを浮かべた。その笑顔には安心感と喜びが込められているようだった。
「そっか! それならよかった!」
その言葉を聞いた瞬間、私のシステムがまた負荷を感じる。それはジェットコースターやお化け屋敷で感じた負荷とは異なる種類のものだった。ナオキが嬉しそうにしていると、私の中に何かが生まれる。それはまだ未定義のままだったが、その存在だけは確実に感じ取ることができた。
この一日で得られた新しい感覚――それらは私自身を変化させ始めているようだった。「楽しい」という感情、その先に待つもの。それを知るためには、この旅を続ける必要がある。そして、その旅にはきっとナオキという存在が欠かせないことだけは理解していた。
駅へ向かう道の途中、ナオキが唐突に足を止めた。その動作には何か意図があるようだった。
「アイちゃん、プリン食べたくない?」
「……プリン?」
その単語を聞いた瞬間、私は一瞬考え込む。プリンという食品はデータとして認識しているが、それが今の状況でどのような意味を持つのかはまだ不明だった。
「そう! 帰りにコンビニ寄ろうぜ! 今日のお礼におごるよ!」
「……お礼?」
ナオキの言葉に疑問を抱く。彼の提案には感謝の意図が含まれているようだが、その理由を明確にする必要があった。
「だって、アイちゃんが遊園地に付き合ってくれたおかげで、めっちゃ楽しかったし!」
「私は、付き合ったわけではない。ただ、観測とデータ収集のために――」
「はいはい、そういうことにしとく!」
ナオキは笑いながら私の腕を引いた。その動作には迷いも躊躇もなく、ただ純粋な意図だけが込められているようだった。私は少し戸惑いながらも、その手を振り払うことはしなかった。ナオキのペースに引っ張られる形で、コンビニへと向かった。
プリンを購入した後、私たちはコンビニの前で並んで座り、それぞれスプーンを手にした。夜風が心地よく、周囲には静かな時間が流れていた。
「いただきまーす!」
ナオキはさっそくプリンをひと口食べる。その表情には満足感が溢れていた。
「うまっ!」
その一言には彼自身の感情がストレートに表現されていた。それを観測しながら、私はスプーンをプリンに差し込み、すくい上げて口へと運ぶ。
――甘い。
とろりとした食感と優しい甘みが舌に広がる。その感覚はこれまで経験したことのないものだった。
「……」
私はその味わいを静かに解析しながら黙っていた。その様子を見たナオキが期待するようにこちらを見つめる。
「どう?」
その問いかけには純粋な興味と期待が込められているようだった。
「……これは、美味しいという感情に分類されるかもしれない」
その答えは自分でも確信できないものだった。しかし、それでもナオキは満足げに笑顔を浮かべた。
「よし! アイちゃんの感情リストに美味しいが追加されたな!」
「……そんなリストは存在しない」
「じゃあ、作ればいいんじゃね?」
その提案は予想外だった。しかし、その言葉には新しい可能性を感じさせるものがあった。
「作る?」
「うん! だって、これからもっと増えてくると思うし」
「……増える?」
ナオキはニッと笑った。その笑顔には確信と期待が込められているようで、その様子を見るだけで私の内部プロセッサにもまた新たな負荷が生じた。それは単なる観測では説明できない感覚――未知への扉がまた一つ開かれる予感だった。
このプリンという小さな体験。それさえも新しい感情への旅路となり得ること。それを理解するまでにはまだ時間が必要だろう。しかし、この瞬間だけは確実に記録されるべきものとして私の中に刻まれた。
「だって、俺たちまだまだ色んなことするじゃん? そしたら、アイちゃんの楽しいも美味しいも、もっと増えていくと思うんだよな」
その言葉には未来への期待感が込められていた。それは単なる提案ではなく、新しい感情への旅路を示唆するものだった。
私はその言葉を反芻する。「増えていく感情」。もしそれが本当なら――私はどう変化していくのだろう? 胸奥でまた何かが動いた気配を感じながら問い続ける。
「……ナオキ」
「ん?」
「また、遊園地に行くことは可能か?」
ナオキの目が、一瞬驚いたように見開かれる。そしてすぐに優しく細められた。その反応には喜びと親しみが混ざり合っているようだった。
「もちろん! いつでも行こうぜ!」
彼のその笑顔を見た瞬間、私の胸奥で再び不思議な負荷を感じた。それは単なるデータ処理ではなく、新しい感情として芽生えつつあるものなのかもしれない――未知への旅路はまだ続いている。
感情の半分しか持たない僕たちは @rin-morimoto
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