放課後、君の静けさに触れる

朧月アーク

放課後、君の静けさに触れる

 午後の学校は、静けさに包まれていた。西陽が窓から差し込み、廊下や教室の床に長く淡い影を落としている。空気は穏やかで、授業が終わったばかりの校舎には、どこかほっとした安堵が漂っていた。


 そんな中、2年B組の高槻たかつきれんは、教室の中心で笑っていた。


 明るくて面倒見がよく、誰とでもすぐに打ち解けられる。女子にも男子にも好かれる、いわゆる「イケイケ男子」だ。今日も騒がしい友人たちに囲まれながら、その笑顔を惜しげもなく振りまいている。


「なあ蓮、お前んちのパーティ、やっぱあの“例のヤツ“も呼ぶの?」


「誰だよ、“例のヤツ“って……ああ、雲隠くもがくれのことか?」


 雲隠 志岐しき。同じクラスの男子だが、蓮とは対照的な存在だ。


 無駄な言葉を口にせず、常に落ち着き払っていて、大人びた雰囲気をまとっている。感情を表に出すことも少なく、クラスの喧噪けんそうとはまるで別世界に生きているかのようだった。


 それでも蓮は、なぜか彼から目が離せなかった。


 ◇ ◇ ◇


 放課後。蓮はふとした衝動に駆られて、校舎の奥にある図書室を訪れた。静寂の中、ページをめくる小さな音だけが響く空間。その隅に、彼はいた。


「なあ、雲隠。今日ヒマ?」


 本から顔を上げた志岐は、わずかに眉をひそめた。


「……どうして?」


「いや、別に深い意味はないけど。たまには話してみようかなって。お前、いつも一人で静かだからさ。」


 志岐は黙って本を閉じ、ゆっくりと蓮を見つめた。その瞳は深く静かで、まるで蓮の軽口の奥を見透かしているようだった。


「君は、賑やかな場所が好きなんじゃなかったのか?」


「まあ、好きだよ。でも、お前みたいに黙ってるやつってさ、何考えてんのか気になって。ていうか……お前、なんか大人っぽいよな。」


「君が子どもっぽいだけじゃない?」


 その一言に思わずムッとした蓮だったが、ふと志岐の口元がわずかに緩んだのを見て、胸がどきりと跳ねた。


「……今、笑った?」


「笑ってない。」


「いや、絶対笑っただろ!」


 思わず声が大きくなったその瞬間、すぐそばの司書席から控えめながらも鋭い声が飛んだ。


「高槻くん、図書室では静かにお願いしますね。」


「……す、すみません!」


 蓮は慌てて頭を下げ、気まずそうに志岐の方を見る。だが志岐は眉ひとつ動かさず、ただ小さく息を吐いて、蓮の隣にあった別の本を手に取った。


「……騒がしいのは嫌いだけど、君の声は嫌いじゃない。」


「え?」


「なんでもない。」


 静かな空気が二人の間を包む。その空気は、不思議と心地よかった。


 ◇ ◇ ◇


 それ以来、蓮は何かにつけて図書室に足を運ぶようになった。


 最初は「雲隠をからかうため」と自分に言い訳していたが、彼と過ごすその静かな時間が、いつの間にか一日の中で一番落ち着ける時間になっていた。


 ある日、いつものように机を挟んで座る中、蓮はふと思ったことを口にした。


「なあ、雲隠。俺、お前のこと……好きかもしれない。」


 志岐の手が止まり、一瞬だけ目が大きく見開かれる。しかしすぐに、いつもの落ち着いた表情に戻ると、彼は静かにこう言った。


「……知ってたよ。」


「は? なんで!?」


「君、わかりやすいから。」


 蓮が呆気にとられていると、志岐はふっと微笑んだ。その表情は、いつもの静けさとは少し違って、どこか柔らかく、温かかった。


 その日から、二人の距離は静かに、けれど確かに、近づいていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

放課後、君の静けさに触れる 朧月アーク @obiroduki-yakumo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ