第5話(ラスト)

 遭難事故から救助されて数か月が経過した直哉は、今日も通常通りの登校ルーティンを終わらせて教室に入って行く。


「おはよー」

「あ、おはよー。ねぇねぇ、この碧い春の恋物語って直哉が書いたってほんとー?」

「あぁ、あんまり言い触らすなよ? 恥ずかしいんだから」

「いいじゃんー、同じ学校に小説家の先生がいるなんて自慢だし」

「そんなんで有名になりたくねぇよ。あ、悪い、ちょっと連絡入った」

「はいはーい」


 クラスメイトの女子から色々と聞かれて苦笑する直哉は、救助後から作家である事を隠す事は止めていた。

 同じクラスの男子や女子は驚きを見せながらも茶化しはするが、否定的な事を告げる生徒はいなかったので、直哉は隠れて安心していたのも事実。

 そして、その事を影で喜んでくれていたのが……教室の中で大人しく本を読んでいる夜宵だった。

 救助後から2人は気が付けば一緒にいる時間が増えたのは、周囲も認めている。

 ただ、交際している訳ではないとは本人達の口から語られている事もあって、周囲は過度な冷やかしはしなかった。


「夜宵」

「はい、なんでしょうか?」

「屋上行かね?」

「何かありましたか?」

「ちょっと話しておきたい出来事があってさ」

「それじゃ行きましょう。最悪HRはバックレればいいでしょうから」

「優等生の口から出るフレーズじゃねー。まぁ、最悪は1限目に出れば問題ねぇか」


 夜宵と一緒に教室を出て屋上に上がって行く為の階段を上がっていると、他の生徒達がぞろぞろと教室に登校してくる光景が見る事が出来る。

 屋上は常時開放されている事もあって、朝練をしている運動部の掛け声を聞きながら太陽の陽射しが適度に当たる場所、そこのベンチに2人は並んで座ると直哉がスマホを取り出して操作をする。


「これ見て」

「失礼します。……ほうほう、ある出版社の依頼、ですか?」

「あぁ、前々から希望していた出版社なんだけれど見た覚えあるだろ?」

「はい、私がデビューした出版社ですよね? そこからの依頼なら実力があると見られている証拠ですね」

「でも、俺の今までの出版社で担当してくれていた人からの紹介でもあるから、実力だとは言い難いんだよな」

「紹介されても採用するかは出版社に委ねられます。それで採用されているんですから、自信を持っていいかと思いますよ」


 夜宵はそう言って直哉の右手をそっと握り締める、その触れ方は友人の域を超えている気もしなくはないのだがと直哉は感じる。

 学校に戻ってから夜宵は常にマスクをして、長くなった前髪で顔をある程度隠して閉まっている。

 人との付き合い方に嫌になったのだろうか? そう思ってそれとなしに聞いてみた事もある。

 その時の返答を聞いた時、直哉は夜宵らしいな……と思ってしまったのは内緒である。

 「救助の後から結構聞かれたんです。直哉君と何も無かったのか? って。それに答えるのが恥ずかしくなりまして……話し掛けないでオーラを出せば自然と聞かれなくなりましたので」


「直哉君は、この出版社からどんな物語を出したいのですか?」

「んー……恋愛小説で出したい」

「……モデルは?」

「俺と夜宵」

「……ブレないんですね、そこだけは」

「だってリアルなモデルがあれば小説も輝くじゃないか。違うか先輩?」

「それもそうですね」


 夜宵はあの無人島の事を思い出すとクスクスと小さくではあったが、笑い声が聞こえてくる。

 直哉が笑っている夜宵の方に視線を向けると視線を感じ取った夜宵は、そっと瞳を伏せて思い出の事を口にした。


「あの無人島……実は本土の一部で山側斜面の海岸だった……って知らない人が聞いたら笑いのネタになるじゃないですか」

「あー……あれはマジで信じられなかった。本土の方にあんな海岸があるなんて知らないから真面目に無人島だって思っていたんだけれどな」

「でも、そのお陰で救助隊が集中的に周辺を探索してもらえたので、あの時に救助されたんですから良かったと思いましょう?」

「結果的に俺達の4日間を返して欲しかったぜ。あ、いや……無駄じゃないって。あの4日間があったから自分の気持ちに再度気付けたんだし……」


 直哉は微かにパニックに近い状態で話しているが、それを夜宵は注意するでもなくただ、聞いていた。

 少しして冷静さを取り戻した直哉は大きく溜め息を吐き出して、前屈みの状態になると真剣に話をし始める。

 夜宵はその言葉を聞いて、自然と微笑みを消して真剣な表情を同じ様に浮かべた。


「俺、もっと自分の気持ちに素直になるべきなんだろうな、ってずっと心のどっかで考えていた。でも、それが正しいか? って聞かれたら自信なくて」

「……」

「でも、あの4日間の時にこのまま自分の気持ちに素直にならないで帰れない状態になっていたら……きっと死ぬまで後悔していたんじゃないかなって思った」


 夜宵もその言葉に隠されている感情、想いを感じ取る事は出来ていた。

 直哉の言葉が続く。


「このまま夜宵に自分の想いを伝えないままで死んだら、永遠に後悔する。そう分かってあの時に告白した。返事はまだ貰えないのも分かっていたし、貰えないと思っていたから」

「だから……あの時に今は返事をくれなくていい、と言われたんですね……」

「あぁ。でも、今ならちゃんと考えるだけの時間はある。……夜宵、俺と付き合って下さい」

「……」

「ちゃんと君の言葉で答えを聞きたい。どんな答えだろうと俺は君を攻めたりはしない。だから……真剣に俺との未来を考えて下さい!」

「……そう言えば」

「えっ……」

「合格発表、もうすぐですね」

「あ、あぁ……」

「その時にお返事をお渡しします」


 夜宵はそこまで言って綺麗な微笑みを浮かべてベンチから立ち上がり、そのまま階段を降りて教室に帰っていく。

 それを唖然としながら見つめていた直哉は暫くフリーズ状態で過ごしていたが、チャイムの鳴る音が聞こえてきて自分に戻る。

 慌てて教室に戻って自分の席に座ると、スマホにピコンとチャットの通知が入ったので見てみると夜宵からだった。


『合格発表時は一緒に見に行きましょうね』


 その一文に心が跳ねるのは仕方ない、と直哉は考えてチラッと前の席にいる夜宵の背を見つめる。

 合格発表の日まであと1週間。


――――


「待たせたか?」

「私も到着したばかりなので大丈夫ですよ」

「それじゃ見に行きますか」

「緊張しますね。受かっていればいいんですが……」

「大丈夫だって! 夜宵なら受かっているって! 俺が受かるなんて可能性低いんだからさ」


 2人は高校から一緒に大学受験の結果が張り出されている合格発表の場所に向かった。

 大学合格発表会場は既に熱気に包まれていたが、2人はそんな熱気とはかけ離れた冷静さの状態で掲示板を確認する。

 夜宵はすぐに自分の番号を見つけ出す事は出来た、だが、直哉の番号は最期等辺にあった為に見付け出すのに時間が掛かってしまったが。


「ありましたね」

「あぁ、焦った~」

「ふふっ、これで来年からはまたご一緒です」

「そうだな。また4年間、よろしく」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

「それじゃ帰りますか」

「あ、その前に……これを」

「これは?」

「あの無人島でお願いされたので……小説を書いて欲しいって」

「あっ! マジでいいのか? 生原稿だろ?」


 原稿が入った封筒を受け取り直哉は大事そうに抱えて、夜宵は少し赤くなった顔で直哉を見つめる。

 そして、小さな、それはそれは蚊のような小声でタイトルを告げる。


「あの夏の君にyesを……それが告白のお返事ですっ」

「っ! 夜宵……」

「不束者ですが……よろしくお願いします」

「……俺も全力で大事にするから。よろしく」


 差し出される手を握り締めてお互いに微笑みを浮かべ合う。

 この夏を忘れない為に、2人は想いを通じ合わせていくのだった――――。

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この夏を忘れない為に 影葉 柚希 @kageha_yuzuki

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