第4話
それは突然の事で、予想だにしなかった事もあって夜宵は焦りを覚えていた。
洞窟に戻り、そして、直哉と話をしていた時の事。
「夜宵は……本を読む以外に例えば熱中出来るものって何かないのか?」
「……例えば何がありますか?」
「……執筆」
「……」
ここまでは予想通りだと夜宵も直哉も互いに思っている、ただ、直哉はそこから更に発言すると夜宵の表情は一気に強張る。
予想していたとは言えない、言えないが、それでも……こんな隠し球を出されるとは思わないのが本音だったであろう。
「俺……夜宵が初めて書いた小説「この夏を忘れない為に」を読んだんだ。正直、同い年の子が書いたとは思えない程に繊細で、それでいて衝撃を受けた。今でも忘れない、あの衝撃は」
「……」
「だから、俺もなりたいと思った。夜宵みたいな、誰かの心の琴線に触れる様な作品を書ける作家に」
「……それで、なれたのですか……? 小説家には」
「あぁ。夜宵が最近ずっと読んでいる本って「碧い春の恋物語」だろ?」
「あ、はい……知っているんですか?」
「……書いたの俺だもん」
「!!」
夜宵はそこで驚きが1回出てくる、まさかの愛読書とも言える最近気になっていた青春恋愛小説の作家が直哉である事、それが何よりも驚きに変わる。
自分の様な作家を目指していた、いな、目指したと話す直哉の横顔は本当に見ていると年相応の少年に見える程に輝いていた。
だが、その少年の横顔はそこまで長くは存在していなかったのだ、気付けばその直哉は自分の方に顔を向けて照れくさそうに笑いながらまだ衝撃な爆弾を落としていく。
「碧い春の恋物語のヒロインは……夜宵がモデルだよ」
「……嘘……」
「嘘だと思うならヒロインの行動とかは別にして、外見とかは一致しねぇ?」
「……い、言われてみれば……。マスクしている所とか、黒髪ショートとか……小柄な所とか……ほ、本当に私なのですか……?」
「本当だって。だって、王子役の男のモデル……俺だもん。俺が夜宵となりたかった関係をモデルに書いた恋愛小説だからさ」
「……」
そこまで言われて夜宵はポポポッと顔を赤く染め上げていく、その様子に直哉は優し気なだけれどどこか嬉しそうに微笑みを浮かべている。
直哉には夢があったと言える時期もなかった訳ではない、だが、その夢の根底には必ず夜宵がいるのは間違いなかった、いてくれていただけでもありがたいと思ってしまう程にだ。
だからこそ、夜宵が自分の小説を読んでくれていると分かった時には天にも舞い上がるような気分と嬉しさを感じたのを昨日のように思い出せる。
嬉しい、読まれた、それだけで充分。だと思っていた……あの瞬間までは。
「夜宵……告白受けんの?」
「へっ!?」
「修学旅行前にされていたじゃん……例の生徒会書記の男子に教室で皆の前でさ」
「あ、あ……あれは……」
「悔しいなぁ……」
「ど、どういう事ですか?」
夜宵は悔しいと告げる直哉の真意が分からないのか、戸惑いながら直哉に問い掛ける。
小説のヒロインのモデルであり、夜宵となりたい関係って言われてもパッと出てこないのがやはり夜宵という少女のあどけなさが伺える。
直哉の右手がそっと夜宵の白いキメ細やかな肌である頬に触れる。
ピクンと反応する夜宵にしか見せない直哉の本気の表情と言葉に、身体の芯から温かくなっていくのを夜宵は徐々に感じ始めていた。
これから言われるだろう言葉を、心の何処かで期待している自分がいる。それを夜宵はまだ自覚していない。
「俺は……ここから無事に助け出されたら夜宵、お前にちゃんと向き合う。このまま言わないで別れるとかは嫌だから。だから、夜宵、俺……君が好きだ」
「っ」
「俺は本気で君のことが好きだから……だから、君が海に落ちた時も迷わず飛び込んだ。君が大事だから」
「……怪我までして、私を助けたのも……わ、私の事が……そ、その」
「ん、俺は……君のことが誰よりも好きだよ。今すぐ俺の気持ちを受け取ってとは言わない。ただ、ここから無事に脱出したら……また改めて告白するから」
そこまで話をしてそっと触れていた頬の手は頭に移動してポンポンとしてくるのを、夜宵はただ呆然とした表情で見つめていた。
それから直哉が立ち上がろうとして、動きを止めた。
何かあっただろうかと思って直哉を見上げると、痛みに顔を歪めている直哉の表情を見て夜宵は背筋が凍るような悪寒が走った。
すぐに直哉に駆け寄り身体を支えると、直哉の身体が異様に温かい……いや、熱いと言えるレベルの熱を感じて夜宵は慌てて額に手を伸ばす。
「っ! 凄い熱っ……横になって下さい! 冷やさないとっ」
「疲れ、出ちゃったかな……」
「そうかも知れないです……とりあえず横になりましょう? 毛布の上に……」
「はぁ……悪い」
「熱だけならいいんですけれど……とりあえず冷やさないと!」
毛布の上に直哉を寝かせた夜宵はすぐにバケツにろ過した水を入れて、ハンカチを浸して濡らしながら適度に絞る。
それを直哉の額に乗せて熱を下げる為に冷やす、それが気持ちいいのか直哉の呼吸は穏やかで、何処か安心させる。
だが、気付けば夜宵は気付く、直哉が夜宵を見ている事に。
「……どうかしましたか?」
「……あの、さ……無事に助かったら……また小説を……書いてはくれないか?」
「私、が?」
「夜宵の……君の書いた小説が読みたい。俺が小説家になる……その原点になった人の小説を……」
「……気が向いたら……書きますね……」
「ん……」
その短い会話の中で夜宵はどうして直哉はそこまで自分を想ってくれるのだろうか? そして、それは一体どんな理由があるのだろうか? それが気になったが、今はそれを聞く場面ではないと判断する。
暫く、額の熱を下げる為に水とハンカチを傍に置いていた夜宵は、不意に洞窟入り口にある草むらに気を向けた。
何かが、微かに動いた様な……そんな感覚を覚えたからである。
今、直哉は動かせない……それならば自分がこの場で直哉を守れる唯一の人間であると意気込んで、草むらに近付く。
だが、その草むらに近付いた所で――――。
――――
「ん……ここ、は……?」
「あ、気が付きましたか?」
「……あの……?」
「あぁ、私は海難救助隊の者です。直哉君ですよね? 意識は大丈夫ですか?」
「あ、はい……。助かった……?」
「そうですよ。まさかあんな場所に先日の客船損傷事件の遭難者がいるとは思いませんでしたが。あ、一緒に遭難していた子が心配しているので知らせてきますね」
直哉の視界に入っていた男性の海難救助隊さんは直哉の事を近くの看護婦に任せて、病室を出て行ってしまった。
状況がいまいち掴めない直哉は看護婦に状況を聞くと次の事が判明した。
直哉と夜宵は海難救助隊の海上犬が反応した事で島に降り立ち捜索していた、その時に犬が洞窟に気付き近寄り入って行って夜宵の姿を発見して、直哉達の救助に駆け付けたとの事だった。
そして、直哉は睡眠不足と極度の疲労から来る高熱に見舞われて、救助されてここ4日間は眠り続けていた事も知らされた……その間夜宵がずっと付き添ってくれていたとも。
だが、夜宵は健康状態に問題もないので今日には学校がある街に戻されるとの事だった。
「助かったのか……良かったぁ……」
直哉は心の底からそう言葉を口にする、このまま助からない可能性もあると薄々考えていたのもあってここにきての救助は精神的にも助かったのだ。
そして、直哉も直に体調が回復したら学校に戻れる事が伝えられて、夜宵の安心した笑顔に再会するまでもう少しの事だった――――。
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