第4話

「総督に代わり、これよりお前たちにアクレイアの属国民に税金の納付を命じる! 額は利子込みで一人当たり100セステル、帝国で発行された貨幣がなければ、貴金属等による支払いも認める。なお帝国は非常に寛大であるため、財産のない者であっても、妻子又は自らの身体を用いて支払うことを認めるものとする」


 そう叫んだのはガルバだった。


 場所は辺境、属州アクレイアの農村部、時刻は薄明、鶏が2度ほど鳴いた後だった。

 すぐにお付の奴隷が現地の言葉で復唱し、そう時間が経たないうちに、のどかな集落の広場には、不安気な村人の群れが出来た。


「いいね、ガルバ、なんだか様になってるよ」


 集まった村人たちを数えながら、フィルが笑顔を向けた。中性的で整いすぎた顔は、見方によっては、やや冷たく見えるきらいもあるけれど、ガルバは彼の屈託のない笑顔が、気に入っていたに違いない。


「ほっとけ、ってか大体なんで俺がこの決まり文句言わなきゃいけないんだよ。お前がやれよ」


「いやあ、そういうのはガルバの仕事でしょ。僕は大きい声出すの、苦手だから」


「よく言うぜ、全く」


 ガルバは悪態をつきながら周囲を見回した。


 この未開の北国に、毎日まとわりつくように立ち込める曇天が、今日も空を覆っていた。取り囲む村人たちの言葉は、ガルバには分からなかったが、きっとこの曇天に相応しい負の感情が立ち込めていることだろう、一人当たり100セステルとはそれほどの額だった。帝国に敗北した国は、このように法外な額の税金を吹っ掛けられ、どこまでも沈んでいくのだ。


「どうだ? やりそうな奴はいるか?」


 ガルバは御立ち台から飛び降り、フィルの隣に立って、周囲を見回した。


「ああ、左右に二人ほど、多分アーティファクト持ちだ。魔法陣の探知に引っ掛かった」


「隙を見せたら飛び掛かってくるかもな」


 ガルバとフィルが、フラウィウスからあてがわれた徴税地域は、帝国に対して特に反抗的な者が多い地域だった。徴税官としてこの地に来てはや一ヶ月、二人は既に、原住民から無数の襲撃を受けていた。


「待つのは苦手だな、あぶり出そうよ」


「どうやって?」


「良い考えがある」


 フィルがずかずかと群衆に歩み寄ると、できるだけ歳をとっていて、弱そうな男の腕を掴み、引きずり出した。そして言った。


「お前たち全員が、税金を払い終わるまで、半刻ごとに一人ずつ殺す」


 フィルが流暢な現地語で言った。


「え? お前、アクレイアの言葉、話せんの?」


「そうだよ、言ってなかったっけ?」


「まじかよ、そんで、さっきなんて言ったんだ?」


「この人の皮を、みんなの前で剥がして、焼いて食べるって」


「は? なんで? え? どういうこと?」


「だからさあ、あ、ほら、来るよガルバ!」


 ガルバが咄嗟に剣を抜いたのと、群衆から武装した男が二人飛び出してきたのは、ほとんど同時だった。


 ガルバは今にも折れそうなほど、頼りなく細い剣を構え、フィルを下がらせると、切先で何かを巻き取るように、宙に円を描いた。周囲の空気が潤ったと感じた瞬間、渇き、人々に淡い憧憬を思い起こさせたと思えば、言い知れぬ不安を抱かせ、気が付けばガルバの手には、風が握られていた。


「――突風ヴェントス


 魔術を紡ぐとき、いつも彼は甘く囁くような声で詠唱する、それこそ普段のガルバからは想像もつかないほど、色っぽい声。だけど、彼の魔術は、いつも溢れそうな苛立ちを秘めていた。その苛立ちの理由を知るのは、もうちょっとあとの話。


 この時は、ガルバの切先から迸る風が、武装した男を、群衆の一部ごと吹き飛ばし、血と悲鳴を巻き上げるだけだった。

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月と魔術師とわたし ぽんぽん @ponponpokopon

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